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パチスロ攻略ライターの思考ルーチン

パチスロ攻略ライターの思考ルーチン

2022.03.08

パチスロライターに“なってしまう”まで。episode.9(ホールの転換点)

佐々木真 佐々木真   パチスロ攻略ライターの思考ルーチン

1999年初頭。『クランキーコンドル』と『タコスロ』と『サンダーV』で、収支的にも楽しみ的にも、側からは満たされた日々を過ごしているように見えたかもしれません。しかし、まったく気が休まることはなかったです。予想よりも執行猶予が長く続いているだけと思っておりました。

『クランキーコンドル』は導入から4年。『タコスロ』も3年。低設定域の甘すぎるこれらの機種は、等価交換のホールが増えて、どんどんと姿を消して行くことに。私はまだ軸が3機種あったから良かったほうかもしれません。『クランキーコンドル』しか打てない・勝てない“コンドル専門プロ”も多くいたのも確かでした。
 

▲大量獲得時代を切り開いた初代『ビーマックス』(アルゼ:1998年)

打てる機種が減ることよりも時代の移り変わりですかね。

企画原稿などでは2001年の『獣王』を“時代の転換点”としますが、それは分かりやすいから。等価交換で跳ねる機種が重宝されるようになったから大ヒットとなったのです。その流れは、1999年辺りに始まっていたと言えるでしょう。

これは推測も込みですが、パチスロで普通に利益を出すようになったのは、パチンコの不調もあるかもしれませんね。1998年辺りに登場した機種から、CR機は確変でのループ連チャンが最大5回までに。いわゆる5回リミッターが導入されたこともあるような気がしています。

この時代を経験していない方にとっては、より専業が勝ちやすい時代に変わっていくように思えるかもしれません。1998年の終わり頃には『ビーマックス』などBIG1回で600枚を有に超える機種も登場。確かにツボにハマった時の勝ち額は大きくなりました。毎日のように高設定を掴めれば、勝ち額が増えることは歓迎できます。しかし、ホールが等価交換営業に変わっていくことで、高設定の台数は減少することとなるのです。


10台中3台が高設定の場合、それに座ることは難しくありません。毎日のように通っていますし。そのような低交換率から等価交換に変わって、高設定が10台に1台あるかどうかとなると、ツモれる確率は大幅に下がります、その日に1台も高設定がない可能性もあるのですから。

出玉率を考えれば、どちらもほぼ同じように打てはします。低交換率は、長い目で見た場合、毎日のように高設定をツモれて勝率は高いものの、換金ギャップを取られる形態。毎日、小さな勝ちを積み上げていくスタイルと言えば良いでしょうか。それに対して、等価交換営業では。毎日のようには高設定をツモりにくくなります。プラマイゼロやちょい負けが多くなっても、一度の大きな勝ちで埋めていくことになります。

この生活をしていますと、精神的にラクなのは勝率重視なんです。種銭がなくなったら終わり。一度の万枚よりも、5回に分けての2000枚のほうが嬉しいです。毎日やることがあって、それが翌日の稼働に繋がっていくことこそ、安心感が得られたりするものです。

実際、パソコン通信(初期インターネット)の専業仲間に、8.4枚交換という地獄のような地域に住んでいる人がおりましたが、その地域が換金率自由化となって等価交換のホールが増えたところで廃業しましたね。「あるか分からない高設定を芋掘りするのは骨が折れる。前はどこでも粘るだけで良かった」と。

低交換率のほうが、勝てるし楽しめると書いているように思われるかもしれませんが、良し悪しだと思っています。低交換率のメリットは、この頃の私のように“時間があり余っている人ほど有利”ということ。食い付いたら持ち玉がある限り続行が基本線となります。チョロ打ちだったら等価交換のほうが良いです。そのような客層を取り込もうと等価交換が増えたんですけど。


幸いにして、第二のホームとなったM店が7枚交換のままでいてくれました。ただ、収支を跳ね上げさせる残り半分の実戦は苦労させられることとなります。トータルで負けることはなかったので、精神的にヒリヒリすることが多くなった……くらいでしょうか。

なぜ昔はラクに勝てたのか。それは交換率の違いではなく、ホール全体の営業姿勢だったように思えます。その昔、パチスロはホールの片隅にちょこっと置いてある程度の存在でした。主流のパチンコが好調で利益が出ていたので、パチスロは稼働してくれれば利益が出なくても良いと考えているホールが多かったんですね。「通ってさえくれれば、いつかパチンコに溶かしてくれるだろう」ということです。

等価交換が増えたのは、パチスロからも利益を出そうとしての知恵です。短時間勝負の人にも選ばれるような営業形態にすればより儲かるのではないかということ。利益度外視ではなくなったということです。パチスロで利益を出すことのほうが目的で、等価交換営業は手段だったと考えるのが自然でしょう。

 

★今の知識を持って、過去にタイムトラベル。

心のオアシスでもあったA店を失ってから、パチスロに求められる環境の変化も加わってヒリヒリすることが多くなってきました。それでも続けられたのは、パソコン通信というモチベーションがあったからかもしれません。全国からいろいろな方の書き込まれるわけですが、その中には昔の機種も多くありました。10年以上昔の機種たちです。

中でもオフ会のデフォルトメンバーは「アニマル普及委員会」と名乗っておりまして、まあ『アニマル』(2号機)に詳しいわけです。
 

▲『アニマル』(アークテクニコ2号機:1988年)

30年前の機種なので、ざっとしか解説しませんが、ボーナス直後はボーナスが当たりやすい連チャンゾーン。それを抜けると最大800枚ほど吸い込みますが、その天井に到達してもウンともスンとも言わないことがあり、自分がどこを消化させられているか迷子になる機種です(笑)。


私がパチスロを覚えた頃に見かけた機種。その時はよく分からないまま眺めていました。それ以外に触っていた機種も、なんとなくで打っていたわけです。その時に感じた“楽しさ”は、今の自分にとっても正解だったのだろうか。今ならば、あの時に気付かなかった違う楽しみも見つけられるのかもしれない。昔話を聞きながら、そんなことを思ったんですね。

今だったら、スロゲーセン一択になるのでしょう。しかし、当時は“探せば”設置されていることもあったのです。

6号機に変わったから5号機は全撤去ね。そんな流れになったのは、4号機の撤去となる、2006年からでした。当時、設置台はホールの所有物という感覚が強く、壊れるまで設置し続けられるというのが一般的。壊れても、他の台から部品を集めて動くようにしたりもしましたね。厳密には、無承認構造変更といってご法度ですが、そういう時代だったのです。

あるところにはある。なら探せば良いだけです。4号機時代になってから6年ちょっと。あの頃とは、目押し力もリールの洞察力も知識も違います。いつ販売されたかは関係ありません。知らない機種は新機種です
 

▲在りし日のグリンピース新宿本店(当時、壁の色は白だった)

フラっと寄れる新宿だけで、3号機以前の機種を簡単に打てたこともあります。『タコスロ』を極める作業がひと段落した後は、これらの機種を打つこともよくありました。あくまでも遊びですが。1999年当時は他にもあったでしょうが、2006年までこれだけ残っておりました。

モナミ:ニューペガサス(1.5号機)
フジ:アニマル(2号機)
フジ:リノ(3号機)
ロッキー:ワイルドキャッツ(3号機)
グリンピース:コンチネンタルIII(3号機)
グリンピース:スーパーバニーガール(2号機)
グリンピース:アラジンII(3号機)
グリンピース:スーパープラネット(3号機)
グリンピース:コンチネンタル(3号機)

他にも六本木や八王子の『ドリームセブンJr.』(3号機)など。書き出すとキリがないので新宿だけにしておきます(笑)。その時の知識で過去のルールがどうだったかなどを考えられたのは大きかったですね。勉強的にも精神衛生上も。

私が2号機など古い機種のことも書けるのは、この時に打っていたからです。それらの機種が普通に設置されていた10年前にも打っていましたが、その時は素人すぎて、楽しかった部分を語るにも自信がないと言いますか。そんな打ち始めホヤホヤの記憶なんて、あやふやで当たり前でしょう。それがクッキリしたのがこの時期です。

後々ライターをやる際に勉強しておいたほうが良いなんて、ま〜〜ったく思っていませんでしたけどね。パソコン通信でいろいろな人と会話できる。自分が芯をくったことを書ければ、それを現役で打っていた人からより詳しい話が聞ける。そんな感じでしたかね。過去には遡れないので、その時に経験していた人に聞くしかその空気感を体感することはできません。


そんなコミュニケーションのためというモチベーション以外も、パチスロに対する見方が変わりました。4号機と3号機以前では基本的なルール(遊技機規則)が違うんだなとか。メーカーの意図しない出玉設計やゲーム性となってしまう裏モノにしても、どの辺りがルールを逸脱しているのかという視点で見るようになったことです(収支的な自己防衛の意味でも)。

昔の機種もまとめて打てる時代だったことに感謝というよりも、パチスロの発展には昔の機種が打てることも必要だったと思いますけどね。興味を持った人間が歴史を遡れるのが文化というものでしょう。前にも書きましたが、一斉撤去は文化の破壊と思っております。クラシック音楽や白黒映画、それに源氏物語なども「古くて時代にそぐわないから」という理由だけで禁止されるようなものです。

古い機種を残すかなど、ホールも個性を出せました。地域性も出ます。今は全国どこにいっても似たようなラインナップなのは、寂しいというか。わざわざ旅先でホールを覗かなくて済むから助かるというか。

そんなこんな。稼ぎもパチスロ、趣味もパチスロという過ごし方をしておりました。薄利多売で細くとも長く楽しめると思っていたパチスロが、大きく変わろうとしている時期。この生活が続くわけがないと心のどこかで思いながら。そんなある日、思わぬ打診を受けます。

 

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佐々木真
代表作:パチスロ攻略ライターの思考ルーチン

裏モノ全盛期に“ギャンブル”としてパチスロを始めたが、技術介入機時代に最適手順を模索するなど“遊技”としての魅力にはまり、履歴書に大きな穴をあけてしまう。2000年よりパチスロ雑誌などで編集兼ライターの活動を開始。現在は、ほぼすべての機種の発表会や取材に参加。法律・規則などの知識をもとに、根幹システムの推測をライフワークとしている。

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