しくじり店長・第53話『老コンサルタント』

元・店長カタギリ元・ホール店長カタギリのしくじり店長

「おう、お前らは何にもやらなくていいから、ホールだけしっかり見ていろ！」

白髪だらけの角刈り頭、四角い顔に似合わない銀縁メガネ。まるで大工に転職したカーネル・サンダースのようなルックスの老人が言い放った衝撃的な発言に、事務所の空気が張り詰める。オーナーが連れてきたホウジョウと名乗る高齢のコンサルタントの口から飛び出した、初対面の3人社員へ向けた爆弾発言。その場が凍りついて当然だ。

突然やってきた年寄りの暴言に、思わず顔を歪めるクマダ店長。マルヤマ主任はドブ川に突き落とされた直後のような大量の汗を顔一面にタレ流して沈黙する。そして2人からの陰湿な言葉攻めによって汚いシンデレラのような気持ちで働いていた私もまた、新たな厄介者の出現に言葉を失っていた。

「おう、営業のことは俺が全部、まとめて引き受けるから。社長からもそう言われてっから」

自信に満ちた態度で高圧的な発言を連発して、経営者に夢と安心感を売りつけるコンサルタントという職業。当社のオーナーもまた、この老練な男の口車にまんまと乗せられてしまったのだろう。

初対面で強烈なパンチを我々に放った、営業部長の肩書きを与えられた銀髪の老人。威張り散らすことだけで己の存在感を誇示する年寄りは、翌日から昼夜を問わずに事務所に居座ることになった。常駐型コンサルティング様は銀縁メガネの奥の瞳をギラつかせながら自信たっぷりに断言する。全ての仕事を社員の手を借りずに行うと。しかし、私は思い知っている。一人の力では、決してホールを動かすことはできないことを。

彼の指示通り、我々は営業面に関わる一切の業務を手放した。残されたのは開店から閉店までのルーティンワークのみ。店を開けて、アルバイトスタッフと共に接客をして、現金を集計して帰宅。たまに月に数回の入替作業。調整やイベント企画、導入台の選定や入替の配置図作成等は全てコンサル任せ。こうなると気楽なもので、大量に導入された『CRフィーバー春のワルツ』の稼働状況が芳しくなくとも、社員は誰ひとりとして気にしなくなってしまうのだ。責任は全て、コンサルにお任せ。私も早番が終わるとキッチリ定時に退社して『CRギャラクシーエンジェル』の設置店に駆け込んでいた。そう、すっかり暇を持て余していたのである。

退屈な日々を過ごして月日だけが無意味に流れていった、とある夏の朝。早番で出勤した私の目に、スロットコーナーの壁に貼り出された大きな模造紙が飛び込んできた。しかも四隅はガムテープ貼り、尋常ではない空気が漂っていた。「いよいよ差し押さえかな？」と思いながら恐る恐る近付いてみると、そこには極太マジックで殴り書きされた『THE・宝探し』というヘタクソな文字が並んでいたのである。

慌てて事務所に入ると私の机の上には、「カタギリ君、メールに『スロットルで宝探し』と書いて」という、遺言みたいなメッセージを書いたメモ用紙が貼りつけられていた。なるほど、パチスロの新イベントってことですね。了解。ネーミングセンスはともかく、このタイミングでの仕掛けはコンサルらしいですな。『キン肉マン』や『北斗の拳2』も好調だし、導入したばかりの『バイオハザード』も高稼働。ここで他店に差をつけたいところだ。ところでホウジョウさん、年配の方は何故パチスロのことをスロットルって呼ぶのでしょうかね？　

さて、パチスロコーナーでの新イベントである『THE・宝探し』は予想以上の高稼働。1日3通のメール配信と店内に貼り出された手書きポスターがたったの1枚という告知方法にも関わらず、この集客状況は大成功と言えるだろう。当然ながら爺さん、調子に乗り出します。

「おう！　スロットルのイベントは週に1回やるから！　イイ名前だろ、宝探し！　おう！」

コーラと間違えて墨汁を飲んでしまったような顔のクマダ店長、適当な相槌を打って頬肉をプルプルさせているマルヤマ主任とは対照的に、パチスロ好きの私は久しぶりの良い気分。経緯はどうであれ、やはりホールはお客さんで賑わっていたほうが楽しいに決まっている。出来れば自分もイベント企画に参加したいけれど、今はこのままでいいや。そう気楽に考えてはいたものの、心配事がひとつ。ホウジョウの爺さん、最近メチャメチャ痩せてきたのです……。

そして迎えた『THE・宝探し』第2回目の開催日前夜。いつものように遅番の仕事を終えて帰ろうとする私の傍で、床に座っているホウジョウさんがコピー用紙を一生懸命に重ね貼りして何かを作ろうとしていた。その内職みたいな健気な姿に思わず私が問いただすと、以前よりも頼りなく見える背中をこちらに向けたままで「おう、明日のイベントのためにフダを作ってんだ」という小さな声が、かすかに聞きとれたのだ。

「え、明日のイベントのフダを、これから作るんすか！？　しかも全台ですよね！？」

事務所に響き渡る私の大声に、コクンと小さく頷いて応えた、人生の大先輩。さすがにこの状況で手伝わない訳にはいかないだろう。

「ホウジョウさん、とりあえず手書きで作るのはヤメましょう！　私がパソコンで作ります！」

私の言葉に礼を言う訳でも、だからと言って拒絶する訳でもなく、ホウジョウさんはやっぱり後ろを向いたままで一言「おう」とだけ弱々しく呟いた。

早番社員の出勤時刻が間近に迫る頃、ようやく完成した『THE・宝探し　～お宝をゲットせよ～』と書かれた100枚のプレート。それを見て笑顔でお互いを見合わせた我々。年齢以上に老けて見えるコンサルの笑い顔は、泣き顔のようにも見えた。そしてその日、初めて知った。ああ、この人はこんな風に笑う人なのだ、と。時間をかけてゆっくりと立ちあがると、挨拶も交わさぬままフラフラと事務所を出て行ったホウジョウさん。その懸命な後ろ姿を見て、出来ればもっと、お互いに意見を言い合いながら仕事が出来るといいな、素直にそう思った。しかし、その願いはもう叶わなくなってしまった。

翌日のパチスロコーナーは、頭上にメダルのギッシリ詰まったドル箱を誇らし気に積み重ねて遊技する若者たちで大盛況。しかしながら、その光景を事務所のモニターで眺めるホウジョウさんの姿は無い。まあ、朝方まで一緒に仕事をしていたから今日は夜から出勤かな、そう呑気に構えていた。ところが、閉店後になってもホウジョウさんは現れない。やがてクマダ店長が面倒臭そうに立ちあがり、金庫の中からパチスロの設定キーの鍵束を掴み取っていた。

「あれ、設定変更はホウジョウさんの仕事ですよね！？」

私が少し非難めいた口調で問いかけると、クマダ店長はさらに面倒臭そうに、こう言い捨てた。

「ああ、あの爺さんは今日でウチの仕事ヤメるんだってよ、さっき社長から連絡があったわ」

ホウジョウさんは最近、腎臓の調子が良くなかったこと。ここ数日は、立っているのがやっと、というレベルまで身体が弱っていたこと。後日、その事実を知らされた私は自分を責めた。

一人の力では、決してホールを動かすことはできない。そう知っているのならば何故、もっと早く協力して仕事をしなかったのか？　答えは私の心の中に、はっきりと刻まれている、所詮はコンサルタント、仕事の手柄は全て持って行くのが彼らのやり方。そんなひねくれた考えが、手を差し伸べることを躊躇わせたのだ。そしてホウジョウさんは長年のコンサル業の中で、そんなパチンコ店の社員の心中を理解しているからこそ、全ての仕事を一人で背負っていたのではないだろうか。

ホウジョウさんが最後に震える指で記した手書きの『宝探し』の文字には、イベントを成功させるための必死の想いが詰まっていた。ならばせめて、その意志だけでも継いでみせよう。柄にもなく、そんな熱い思いが込み上げてきた。そしてこのイベントをきっかけに、私の立場は大きく変わっていったのである。

カタギリ・今週の1枚

最近になって再び『パチスロ偽物語』にハマり出している私、その理由は「一度は大爆発させてみたいから」です。フリーズ引こうが和解を引こうが、どう頑張っても2,000枚が限界。

ボーナス引けないと勝負にならない台なので低設定じゃ戦えないのはわかっているのですが、どうしても一矢報いたい台なのであります。

写真をよく見ると筆者（生え際後退系の中年）が映っていますが、見なかったことにしてあげましょう。

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この記事へのコメント（6 件）

元・店長カタギリ: 投稿日：2017/09/30; はらいそさま。

そうなんです、大体が手遅れなんですよね。
もっと若い頃に多くのことを学んでおくべきでしたわ。

元・店長カタギリ: 投稿日：2017/09/30; あっきさま。

アメブロ更新は気が向いた時にしかできませんが頑張ります（笑）。

ヅラではありませんが、そろそろ考えなければいけない時期であることは間違いないですな！

元・店長カタギリ: 投稿日：2017/09/30; 元職長(歳には勝てないと悟った者)さま。

時代に合ったやり方ではないと思いますが、職人気質の方でしたね。
口先だけのコンサルが圧倒的に多い業界ですが、信じられる人であったと思います。

はらいそ: 投稿日：2017/09/21; 世の中に正解なんて単純なものは無い。経験上で得た知識も実はメリットもデメリットもある。所詮は与えられたパラメータをどう割り振るかしかない。それが分かったころには大体が手遅れになっている。

あっき: 投稿日：2017/09/21; こんにちは、カタギリさん。いつの間にかアメブロも更新してましたな
みんなが力合わせないと出来ないこともありますよね、仕事も。
ところで、カタギリさんはヅラではないですよね？笑

元職長: 投稿日：2017/09/20; 技師、なんですかねそう言うのは
任された仕事をこなし、やってる
技を見せやり方を伝える(教える)
私欲益もあるでしょうけど
人によっては無粋な方もいますからね

元・店長カタギリ: 代表作：しくじり店長

シルバ〇アファミリーみたいに小さなパチンコ店の責任者から一転、雑巾がけがメインの業務となってしまった事務員へとグレードダウン。そんな設定①のスランプグラフのような半生を、隔週水曜日に連載させて頂いております。タイトルは「しくじり店長」。パチ屋の店長が平社員へと降格していく逆サクセスストーリーを、海物語シリーズの泡リーチを見つめるような気分でお読みください。