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オカイ☆サロン
2019.09.18
世界最古のパチンコゲームは75,000円だった? アプリ以前はカオスだったパチンコパチスロゲームの世界。
スマホアプリ以前はこうだった。僕らとゲーム
盟友・ファミコンと一緒に(フラッシュ強すぎた)
みなさん御機嫌よう、ファミリーコンピューターと共に少年期を過ごし、箱説明書完品状態のまま中年期を迎える物持ちの良い岡井です。
近年スマホアプリ・ゲームに地位を脅かされてはいますが、ファミコンの登場を機にテレビゲームは少年娯楽の王道とも言える存在であり続けました。みなさんはどのようなゲームと青春を過ごしてきたでしょうか。
私が最初に手にしたゲームハードはこのファミリーコンピューターであり、『ファンタジーゾーンⅡ オパオパの涙』を夢中になって遊んだのをおぼえています。寝食を忘れ狂ったように遊びまくる息子に激怒した母親によって本体を隠されたり、二階から投げ捨てられたのも今では良い思い出。ファミコンは二階から投棄されても無事でした、すげぇ。
日本の子供にとってテレビゲームとは遊びの代表格。年代によってそれはカセットビジョンやぴゅう太かもしれませんし、Wiiだったりするかもしれません。いずれにしても我々はゲームと共に成長してきたのです。そしてゲームの人気ジャンルは現実世界とリンクしています。Jリーグブームの時には狂ったようにサッカーゲームが登場し、脳トレブームの時にはやけくそ気味に学習ソフトが乱発されました。
ではパチンコ・パチスロゲームはどうでしょう。いつの間にか見なくなったな、という印象の方もいらっしゃるのではないでしょうか。そこで今回はみなさんをパチンコ・パチスロゲームの世界になんとなくご案内しましょう。どちらもけっこう身近な娯楽なんですよ。
なんとなくわかるパチンコ・パチスロゲームの世界
“パチンコ風ゲーム”だったファミコン時代
『パチコン』『目指せパチプロ パチ夫くん』
ファミコン時代のパチンコゲームの先駆けは、1985年に東芝EMI社より発売された『パチコン』でした。かなりシンプルなつくりですが、パチンコゲームとしては一応破綻せずに成立しています。
ココナッツジャパン社はパチンコ・パチスロゲームを多く手掛けており、なかでも『パチ夫くん』シリーズは幅広い機種で展開されたので、ご存じの方も多いでしょう。『パチンコが全て』というちょっとどうかと思われる世界でホールに向かい続けるパチ夫くんが、今ではちょっと触れづらい「くぎをみる」コマンドを駆使して攻略していきます。
『たけしの挑戦状』『美少女セクシースロット』
パチンコメインではなくともミニゲーム的にパチンコ・パチスロを取り入れるゲームは数多く存在し、ぱちんこという文化が子供にも身近であったことがうかがえます。悪名高い『たけしの挑戦状』にも「パ チンコ 玉玉デル」が登場し、ここでや◯ざを殴り倒すと大量の玉を獲得できたりと、もう滅茶苦茶できました。
その他のゲームとしては任天堂非公認メーカーのハッカーインターナショナル社が『AVスーパーリアルパチンコ』や『美少女セクシースロット』といったあらゆる意味でひどいゲームをリリースしています。セクシースロットの方は1988年発売なので、実は世界初のパチスロゲームを冠してしまう恐れがあったりします。ですがゲーム性としてはカジノスロットの方に近いので、ここではノーカウントとさせていただきます。ちなみにタイトル画面の少女は本編に一切登場しません。
この時代のパチンコ・パチスロゲームはいずれも実機を模倣したと思われる台は登場するものの、攻略のためのシミュレーターというよりもあくまで“ゲーム“としての楽しみ方が主流であったと言えるでしょう。
世界初? のパチンコ・パチスロゲーム
さて、それでは記念すべき世界初のパチンコ・パチスロゲームとはどのようなものだったのでしょうか。私が知り得る限りというあやふやな基準ですが、恐らくこちらのソフトだと思われます。
SG-1000 『パチンコ』 1983年 セガ
セガのハードSG-1000用ソフトのこちらが恐らく世界初のパチンコシミュレーターソフトだと思われます、パッケージが妙にオシャレ。極端に流通量が少ないレアソフトであり、最近偶然ゲームショップで発見した時には箱説明書無しで75,000円で販売されていました。
肝心の内容はと言うと、ゲームスタートするといきなりデジパチ台に向かい合い、打ち出しを迫られます。台選びやストーリーといった軟弱な要素は一切排除されたストロングスタイル。ポイーンポイーンと妙に軽い音と共に空中で急失速する独特の挙動をみせる赤白緑のカラフルな玉が打ち出され、3000点を目指すのがゲームの目的です。BGMも無くかなりシンプルなゲーム、正直言って子供でもすぐ飽きるかと……。
FC『東京パチスロアドベンチャー』 1991年 ココナッツジャパン
ホールでのパチスロ台設置数増加時代と同じくして、ファミコンでパチスロゲームソフトも登場します。
東京パチスロアドベンチャー。どう見ても小学生くらいの主人公「ななが そろっ太」君が最強スロッターを目指して、ライバルと出玉対決をするストーリー。どこかでみたような機種も登場します。登場するライバルの名前が「おやが ないてる」「かけごと すきよ」というキラキラネームも真っ青な悪ノリ具合なのですが、ライバルたちは勝負が終われば二度と登場しない伊賀の影丸のようなシステムなので、感情移入する必要が無く安心です。
いろいろツッコミどころの多いゲームですが、台選びからリーチ目・目押しといったポイントは抑えられており、パチスロを疑似体験するソフトとしては普通に遊べます。
実用シミュレーターソフトも登場。スーパーファミコン時代
『西陣パチンコ物語』『スーパーパチスロマージャン』
ハード性能がアップし、実機シミュレーターとしての側面も出てきたSFC時代。再現性はそれなりとは言え、パチンコ・パチスロ人気の高まりとゲームブームが相まって多くのソフトが発売されました。その過熱ぶりはホール専用景品として『パチンコ鉄人七番勝負』というソフトがダイコク電機社から出されたほどです。
メーカーも意欲的だったらしく『西陣パチンコ物語』のようにRPGパートを取り入れたり、プレイの合間にノベルゲームが挟まれるようなものも現れました。そこでは仕事が無いからとりあえずパチプロになってみる。という雑な人生描写があったりと非常にいい感じです。しかし途中でやる気が無くなったのか予算が尽きたのか、それらは揃いもそろってシリーズ終盤にはモード削除ないし縮小される傾向にありました。
変わったところではウルトラマンやガンダムがパチンコで対決する『スーパーパチンコ大戦』がひっそりと発売されています。ロボット大戦シリーズのような戦略性は存在せずハンドル強弱用の十字キー左右しか使用しない退屈なゲームなのですが、全国のちびっ子達は果たしてどれだけ満足できたのでしょう。
ソフト開発にはアダルトゲームや脱衣麻雀を手掛けているメーカーも存在したせいか、女性キャラのグラフィックに異様に力が入っているゲームも多くありました。ちなみに私のお気に入りは日本物産社の『スーパーパチスロマージャン』です。麻雀とパチスロを同時収録した悪魔合体のようなゲームなのですが、そのキャラグラフィックは今でも通用する可愛さです。
サミーがクランキー? “分業”が多かったSFCシリーズ
SFC時代のソフトはメーカーの垣根を越えて別の会社がシミュレーターを発売したり、複数のメーカー機種が一本に収録されるということが多くありました。もちろん正式な許諾を得て販売されているソフトですが、サミー社名義のソフトにクランキーやパルサーが収録されていたりするので、人によってはちょっと驚いてしまうかもしれませんね。
参入コストや開発ノウハウといった問題もあったと考えられますが、家庭用ゲームはゲーム会社が発売するもので、ホールでのライバル関係とはまた別という住み分けがされていたのでしょう。
SFC 実戦!パチスロ必勝法シリーズ 1993年~ サミー
サミー社より発売された実機収録のパチスロシミュレーターシリーズ。ゲームの細かな仕様は変化しつつも、ここからハードをまたいで長期にわたり様々な機種が移植されていきます。
再現度はそれなりながらも、グラフィックを中心とした雰囲気がとても良く、ホール実戦形式のモードが収録されていることもあり、よりリアルな立ち回りを味わうことができました。そのリアルさたるや等価の店で連日モーニングを取り逃げするという別の意味でスリリングな立ち回りすら可能だったのです。しかしシリーズ後半からモード自体が削除され、ついでに収録機種も減ってしまいました。(ホール実戦モードは後に復活します)
SFC パーラーパーラーシリーズ 1994年~ 日本テレネット
当時人気絶頂であったギンパラや源さんを引き連れて、全国のお父さんの心を掴んだパチンコシリーズ。 玉の動きはFC時代と比較してかなりスムーズになり、液晶演出の再現度も高くまとまっています。
最も良いエンディングを見る条件が、フリーモードで100万稼ぐことだったりするのですが、一部を除きイベントやストーリーは無いも同然なので、そこを目指すのはなかなかの苦行。ハンドル固定できるので、よさげな台で固定放置が攻略法と言えなくもないですが、そうなるともうゲームというより何かの運用試験に近い気がします。一晩寝かせたら持ち球0なんてこともありますし。
メーカーのソフト販売本格化。プレイステーション時代
『山佐Digiセレクション』『バーチャパチスロⅤ』
プレイステーションが家庭用ゲームの主流となった頃、ゲームオリジナル機種は鳴りを潜め、発売されるソフトの大部分がホール機種の移植となりました。さらにアルゼ社・ヤマサ社・サミー社等の主流メーカーは自社機種のシミュレーター販売に乗り出します。(厳密に言うと別部門、グループ会社だったりはしますが)
ちなみに許諾を得てメーカー機を移植する『バーチャパチスロ』シリーズを発売していたマップジャパン社は、ファミコン時代に任天堂非公認メーカーとして暗躍したハッカーインターナショナル社の別名義だったりもします。今度はタイトル画面の機種が本編にも登場します。
『キングオブパーラー』『パチスロアルゼ王国ポケット AZTECA』
『キングオブパーラー』等少数ながらパチンコホールを経営するタイプのシミュレーターゲームも登場しています。ただし『シムシティ』や『ザ・コンビニ』のようなゲームを想像し、「お気に入りの機種を連日高設定にしてやるぜ」などと夢を膨らませてプレイすると、延々数字とにらめっこしなくてはいけないその地味さ加減に驚愕すること請け合いです。
また、同時期にアルゼ社が自社機種を携帯機のネオジオポケットに移植したりする等、当時の会社同士の関係性を知っていると興味深い出来事もあります。ただ性能的にどうあがいても無茶移植であり、ネオジオゲームで例えるならKOF’97も裸足で逃げ出す暴走ぶりでした。
プレイステーションで発売されたゲームの多くはシミュレーターとしての確率計算部分や音楽等は実機と遜色ないレベルまで達したと言えます。ですがグラフィックや操作体系の問題は依然存在していました。かなり向上したとは言え、シビアなタイミングを求められる技術介入機等は、実機で直視できる人も「シミュレーターとでは感覚が異なる」という見解が主だったと思います。
まさに王国。人気メーカーの強さをみせたPSシリーズ
PS パチスロアルゼ王国シリーズ 1999年~ アルゼ
クランキーコンドルをはじめとした技術介入機の台頭により、当時ホールで圧倒的な存在感を示していたアルゼ社自らがゲーム化したシリーズ。人気機種を複数収録したソフトが続々とリリースされました。その内容も謎の案内人アルゼバンによる攻略ナビモードが搭載されるなど、初心者にも配慮された仕様。まさにこれを使って練習しろと言わんばかりの作りです。そして謎の案内人はシリーズ最後まで詳細不明でした、誰なんだおまえは。
当時のゲーム業界の流行であった3DCGムービーも収録されており、ソフトを起動するとオープニングムービーからスタートします。しかしそのキャラクター描写全般に生命力が感じられず、陰影が強調された画面で繰り広げられるサイレントN○K人形劇のような動きも相まって非常に不気味。念のためフォローしますがムービー自体のクオリティが低いわけではありません、ただ不気味なだけです。
「15枚役を取りこぼしました」と宣告される等存分に恥をかかせてくれる攻略モード
最高売上を記録。プレイステーション2時代
『実戦パチスロ必勝法! 北斗の拳』『大都技研公式パチスロシミュレーター 「吉宗」』
パチスロブームの過熱は『北斗の拳』の登場でピークを迎え、どんなホールでもホアタァホアタァという声が響いていました。そしてそのシミュレーターソフトは異例とも言える100万本のセールスを記録。複雑なモード移行をゲーム性とした本機とシミュ―レーターの相性も良く、ホールでも家でもホアタァホタァする人が増加しまくり数多のモヒカンが犠牲になりました。
同時期に『吉宗』でヒットメーカー入りした大都技研も自社リリースをはじめ、ヒット機種では簡易的ながらも携帯電話対応のシミュレーターが出始める等、まさにシミュレーターバブルの時代でもありました。ゲームクオリティとしてもその挙動や演出、機能もますます充実。実機に迫る出来のものも多く、オンラインランキング等の付加価値をつけてくるメーカーが現れたのもこの頃です。
『ネッパチ』『パチスロTV ガチンコ勝負!』
変わったところでは、ドリームキャストにてダイコク電機社が『ネッパチ』シリーズをリリースしました。これはパチンコシミュレーターシリーズなのですが、規定数の大当たりを記録すると、懸賞として応募することが可能。実際に景品が獲得できるという疑似的なオンラインパチンコでもありました。
また、タカラ社(現タカラトミー)からパチスロTVというカートリッジ交換式のシミュレーター玩具も発売され、サミー社、ロデオ社の機種がいくつか登場しました。最終的な販売本数は不明ながら、パチスロという遊びが間口を広げていった時代を感じさせる商品と言えるでしょう。
というかこれ、「(メーカー)ミニ」みたいに20機種くらいを一本に収録した新シリーズを出せばまた売れるのでは?
おまけが本編!? 充実し過ぎたストーリーモード
PS2 パチパラシリーズ 1999年~(風雲録シリーズは2003年の『8』から) アイレム
三洋物産社と企業提携するアイレム社のパチンコシミュレーター『パチパラ』シリーズ。PS2版『8』から突然変異をみせ『風雲録』というRPGがストーリーモードとして搭載されました。
風雲録は以降のシリーズにも収録されていますが、特にPS2版は何をするにもパチンコが全てというパチ夫くんの再来を思わせる世界です。そこでパチンコしながら恋愛したり、殺人事件を解決したり、道端のタンポポを食べて暮らしたり、実家が全焼するヒロインを前に「こんな火事は初めてだよぉ!!」とはしゃいだりと異常なまでに自由な選択肢が選べます。
完全にオマケが本編扱いであり、いつしかパチンコ要素が邪魔に思えてくるという本末転倒ぶりですが、ただ単に画面を眺めるだけだったパチンコシミュレーターゲームの進歩のかたちとも言えるのではないでしょうか。
プレイステーション3、そしてスマホアプリの時代へ……
『ハートフルシミュレーター PACHISLOT ToHeart2』『Google play パチスロアプリ(一部)』
PS2時代に最盛期を迎えた家庭用ゲーム機向けのシミュレーターゲームは、その後もドリームキャストやPSPといった様々なハードでリリースが続きました。
現時点で据え置きゲーム機最後のパチスロシミュレーターソフトは、アクアプラス社よりプレイステーション3で発売された『ハートフルシミュレーター PACHISLOT ToHeart2』の廉価版(2013年8月8日発売)だと思われます。若干リールや演出のガタつきがありますが、書下ろしご褒美画像等も収録されているのでファンならば持っておいて損はないでしょう。
その後、家庭用ゲーム市場の縮小とスマートフォンの急速な普及といった状況も相まって、それまでゲーム機では無かった携帯電話でのゲームアプリとして新たな市場が成立しました。もともと複雑な操作を要求されない、空いた時間にプレイしやすいパチンコ・パチスロゲームとの相性もあり、シミュレーターゲームは次々とスマホアプリへと移行していきました。ゲームのダウンロード配信が一般化する等これはシミュレーター環境と言うよりも家庭用ゲーム環境の転換と言えると思います。
スマート化したパチンコ・パチスロゲーム
かつてはテレビ画面から発せられる薄いボリュームとチープな演出だったパチンコ・パチスロシミュレーターは、30年程の間に迫力のフル演出・音声がポケットサイズで楽しめる時代になりました。
『アルゼ王国』が『ユニバ王国』へ。『実戦パチスロ必勝法』が『777TOWN.net』へといったように各社それぞれがかたちを変えて、PCもしくはモバイル向けのサービスへと移行。ぱちんこ業界の移り変わりと共にエンターテイメントのあり方を模索している時期ともいえるかもしれません。
ゲームは実機完全再現が当たり前となり、幸か不幸かかつて見られた変なゲームはほとんど無くなりました。しかし私は忘れません。無意味にカラフルな玉を射出し続けた『パチンコ』を。連日モーニング取り逃げした『実戦!パチスロ必勝法』を。生命力を感じないドンちゃんがいた『アルゼ王国』を。最終的にオッサンと結ばれることになった『パチパラ』風雲録を。
今なら安価で入手可能なソフトも多いので、みなさんも今一度パチンコ・パチスロゲームを振り返ってみてはいかがでしょうか。
ゲームの世界に思いをはせてはいかが?
オフ会やる。『パチンコパチスロゲーム夜会』をやる。
誠に勝手ながら、パチンコパチスロゲームに思い出や思い入れがある方々が集まったらいいな、というオフ会の実施を決定しました。しかも5周年企画のひとつとして。
◯日時:2019年10月26日(土) 19:00~21:00
◯場所:東京都品川区大崎5丁目8 グリーンプラザ第2地下1階(ゴタンダキチ)
◯参加条件:20歳以上、パチンコパチスロゲームに何らかの思い出・思い入れがある。グダグダな会でも怒らない方。
詳細や応募方法は近日発表させて頂きます。果たしてどこに需要があるのかは分かりませんが、今回の記事で取り扱った内容を実際のゲーム機や動画を使って解説したり、大会をしてみたり。はたまた記事には載せられないアレコレや。飲食OKな会場ですので、飲みながらまったりとの想定でございます。5周年企画の一環としてやるものなのか、という疑問は旺盛過ぎる存在感とともに残っておりますが(笑)
待て! 詳細情報!
……パチ7編集部
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- 岡井モノ:ライター兼パチ7編集部員(別館)
- 代表作:オカイ☆サロン
学生時代友人に連れられ、はじめて『ジャグラー』を打って負けたその日、悔しくてなぜか『サバンナパーク』のゲームを買った異端の猛禽。パチ7自由帳において「何か変なヤツがいるな」と思われていたが、何か変なヤツのまま編集部に捕獲されたトリックプレイヤー。日本全国を旅する渡り鳥としての経験を活かしたコラムを、旅情たっぷりに綴るかと思わせながら特にそういうコラムを書いたりはしない。今日も今日とて奇策縦横。
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シミュレーターで設定6打っても、数千ゲーム単位だと普通に負けたりしますよね。荒い機種だともう勝ち負けに設定関係ないのではとすら思えてきます。
あの頃の山佐は音が抜群に良かったですね。ゲームならサウンドテストなんかで楽しめるのも利点でした。
6にして打ってもさっぱり出ない、オートで回して寝て起きると万枚超えてる。
そんな理不尽を目の当たりにした大学3年生頃のゲームでしたね。
あとは山佐のファウストをゲームで恐ろしく打ちました!
リーチ目機がどうなれば当たるのかを初心者が覚えるのはゲームが最適だと思います、パルサーもわかってくると楽しい機種ですしね。
個人的にパチンコゲームは長時間やりこむというより、何かの空き時間にちょっとプレイするのがいい感じでした。
ハッカーのソフトは雑誌の広告ページとかで販売されてましたが、極端に情報量少なかったんですよね。本当に届くのかという意味でも買うのに勇気が必要でした。
目押しはラグの関係もあって厳しいですけど、演出再現自体はSFCである程度出来上がってましたね。
もしかしたらお母さんはパチ夫くんの奥さん(銀子)かもしれませんね。
スーファミかな?当時モーニング要員として駆り出されてて、リーチ目や目押しをそれで勉強させられてた。
だからあんまり良い記憶ではないww
その勉強会の合間にFクイーンのパチンコのゲームもあってそれをやってたんですけど、そっちはほんと楽しかったなぁ。
当時の自分に1万円は痛すぎた。
夢と希望を胸に冒険がしたかっただけなのに><
スロットゲームはだんだん目押しのしやすさが実機に近づいて、ある意味技術の歴史ですよね。
西陣パーラー物語1に収録されているあんたはエライにホールで滅茶苦茶ハマってました。
スーパーリーチが1つしかないのに、絵柄の何コマ前からリーチが始まるかで期待度が変るのがゲームでも反映されていて当時感動した覚えがあります。