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とあるスロプロの半生に迫る

【5周年企画】第2回パチ7『自由帳コンテスト:決勝戦』 | コラム

とあるスロプロの半生に迫る

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セリポンさん
福岡生まれ、熊本育ち。 防人を生業としながら、パチ業界への転向を機を狙う物書き志望。 現在、G&Eメディアライターコース12期生として勉強中
投稿日:2019/12/08 23:42

 どうも、セリポンです!

 日頃からサンドにお金が残ったカードを忘れた人を走って追いかけたり、隣のおばあちゃんのボーナスを揃えてあげたりといった普段のホールでの行いが良かったのか、予選を通過することができました。

 さて、自由帳コンテストの決勝は 『身近なパチンカースロッターインタビュー』 という中々素人泣かせなテーマ。インタビュイーの確保から難航するかと思いきや、まさかのオファー1人目で交渉成功! 少し拍子抜けしましたが、私が一番やりたかったテーマと相手でインタビューができるということで結果オーライ。

 今回インタビューに協力していただいたのは、私と同じ専門学校に通う「Yさん」。
 なんと! Yさんは、専門学校に通い始めるまでスロットだけで生計を立てていた元「スロプロ」。 趣味打ち上等! 勝てればラッキーでパチンコ・パチスロと向き合ってきた私にとって対極の存在であり、人生で初めて出会ったスロプロでもあります。

セリポンが人生で初めて出会った「スロプロ」という存在に、インタビューという形で迫る! という個人的な好奇心が全面に出てしまっているような気がしなくもないですが、そんなテーマで話を聞いてみました。

{Photo02}



セリポン(以下セ)「インタビュー受けてもらえて本当に助かりました! 今回はよろしくお願いします」

Yさん(以下Y)「いやいや、大したこと話せないですけどこちらこそよろしくお願いします」

セ「早速なんですが、今おいくつでしたっけ?」

Y「35だね」

セ「出身はどこでしたっけ?」

Y「鹿児島です」

セ「この前も twitterで、ブラックモンブランって九州のアイスを近所で見かけて大人買いしたって言ってましたもんね! あれわかるの九州人だけですよ!」

Y「あったね(笑) だってあれ見たらテンション上がるでしょ?」

セ「あれは間違いなく九州人は盛り上がりますね! でも地元トークやると絶対授業までに終わらないんで本題に戻します(笑) まずは初めてホールに入ったのはいつですか?」

Y「そうだなぁ…俺の家は母子家庭だったんだけど、オカンが晩飯作った後に居なくなるってことがあったの――。小学3・4年くらいの時かな? ついてくる? って言われて初めてホールに行ったのが最初かな?」

セ「私もそれくらいの歳で親に連れられてホールに入った経験あります。30年近く前だとホールも結構緩かったですもんね」

Y「そうそう。隣で打ってるのを見てたんだけど、オカンが羽根モノしか打たない人だったからそれをずっと見てた。その頃から 『面白れぇなこれ!』 って思いながら見てたよね」

セ「という事は、スロプロだけどルーツは羽根モノなんですね。今でも打ってるんですか?」

Y「全然打つよ! 大好きだからね! 今でも増えてほしいと思うもん。羽根モノとか一発台とか」

{Photo03}



セ「なるほど。じゃあ自分でホールに打ちに行くようになったのはいつ頃から?」

Y「高校時代の話になるんだけど。1年の時に学校辞めて、通信制の高校に編入した2年の頃からバイトを始めたんだけど、転々としたね。ファストフード店は1日で辞めたし、カラオケボックスの受付もすぐに辞めた。鳶(とび)職もやったなぁ――。 そのバイトの合間にホールに通うようになったから、その頃かな?」

セ「バイトのバリエーションもスゴいですけど、初打ちは高2ですか…。まぁ、時効ですよね(笑) その頃はどんな台打ってたんですか?」

Y「やっぱり羽根モノだね~。 多分知らないと思うけど『アクアパラダイス』がすごい好きで打ってたね。でも、勝ったり負けたりで最終的には給料全部使い果たす! みたいな生活してたよ。同時期に鳶職の同僚に誘われて初めて打った初代の『HANABI』が始めてのスロットだね」

セ「アクアパラダイスは知らなかったですけど、動画で見る限り結構珍しいタイプの羽根モノですね、面白そう…。HANABIは4号機の名機ですよね。でも初めてのスロットがそれだと難しくなかったですか?」

Y「これ面白いぞ! わかりやすいぞ! って言われたけど、その時にスロット初めて触ったから全然わかんなかった(笑) 3枚掛けすら知らないレベルだから、当然遅れとかもわかんないし、その辺は隣で教えてもらいながら打ってたね。」

セ「3枚掛けからですか…もう告知ランプ光るまでわからない感じですね。その頃の収支はどうでした?」

Y「まぁ~負けたよ! HANABIだけじゃないけどさ、『ネオプラネットXX』とか『ジェットセットラジオ』とか訳も分からず打ってたよね。訳分かんないけど楽しかったんだろうね~。 ――当時は有り金全部使ってたよ(笑)」

セ「最初は初心者にありがちな養分打ちだったんですね。 今のところスロプロの要素全く無し!」

Y「そうなんだけど、ある台との出会いがキッカケでスロットの打ち方がガラッと変わったんだよ」

{Photo04}



セ「お! いよいよスロプロ誕生ですか!? そのキッカケになった台なんですか?」

Y「『南国育ち』だね。生涯で一番打ってる台だし、一番勝ってる台がこの台だもん。当時打ちに行ってたホールが毎日設定6を入れてたんだけど、何故かお客さんが付いてない。しかも設定の入り方も簡単で、前日にヘコんだ台に毎回6が入ってた。ライバルもいないし、それに味をしめちゃってそのホールに入り浸ってた」

セ「それはヤバいですね! ライバル無しで6ツモり放題とか人生ビッグボーナスじゃないですか!」

Y「その頃は、南国育ちしか打たない時期とかもあって、最高で(月に)300万くらい勝ったかな」

セ「300!? 月にですよね? サラリーマンの年収くらいあるじゃないですか!」

Y「まぁ毎日打ってからなぁ…。でも不思議とそんなに苦じゃなかったんだよ。毎日ホールに入り浸ってると常連の怖い人達とも顔見知りになるんだけど、話してみると意外と優しくて、お店の情報交換をしたりするっていうのが楽しくなっちゃったんだよね。その頃は将来どうしようとか全く考えてなかったもん」

セ「高2で月300万勝ってたら将来なんか考えないでしょうねぇ…」

Y「いや、プロ野球選手になるとばっかり思ってたもん!」

セ「アハハハッ! それマジで思ってたんですか?(笑)」

Y「うん。小3から野球始めて高校でも軟式野球やってたんだけど、プロ野球選手になれなかったらどうするとか一切何も考えずにパチンコ・パチスロ打ってたもんね」

セ「パチンコ・パチスロ打ちながらプロ野球選手になれるって考えてたのがスゴい(笑)」

Y「ハハッ! その当時は、根拠はないけど自信はあったんだろうね(笑) 高校で怪我して肩が上がんなくなっちゃったけどそれでも通信制の高校で全国大会まで行ったし、それはいい思い出かな」

セ「ホール通いしながらも、高校は無事卒業したんですよね?」

Y「卒業はしたんだけど、進学も就職もしないでずっとホールに通ってた。その頃はバイト一切やってなかった」

セ「え? どういうことですか?」

Y「高校の途中までは打つためにバイトしてたんだけど、スロットで勝てるようになってからはオカンにバイトって嘘ついて毎日打ちに行ってた。卒業後も、自分の将来を考えたいから1年間は家に居させてくれ。って頼んで居させてもらったんだけど…結局、何も考えず1年間ずっと打ってたよね(笑)」

セ「それはスロットで食って行くって事ではなくて、その日暮らし的な感じで毎日打ってたんですか?」

Y「うーん…とりあえずお金作って、いずれどっかで仕事するきっかけが出来るだろう。くらいにしか考えてなかったし、打ってる間は何も考えなくていいから、それもあったのかな。とにかく将来のことは何も考えてなかった」

{Photo05}



Y「19歳の春、いよいよオカンもうるさくなってきて、嘘をついてるのもバレてしまい…大爆発したオカンから『家を出ろ!』って言われたんだけど、行くあても無くてね。なんとか神奈川に上京していた小学生時代からの野球仲間に事情を話して1週間だけ居候させてもらうことにしたんだよね」

セ「ちょっと、家出るまでの歴史が濃すぎてビックリするんですけど、ここでついに家を追い出されて関東に上京してきたんですね」

Y「1週間分の洋服だけ持って友達の家に転がり込んで、着いたその日に求人情報誌買って、オマエの会社に入れねぇのかよ! って言いながら友達と仕事探ししてたよ。その時に入ったのが川崎にある寮付きのパチンコホール」

セ「そこでホール選んじゃうんですか」

Y「まずは寮付きっていうのが自分の中の最低条件だったからってのもあるし、パチンコホールの時給って高いじゃん? だからそこで社員として入ったね」

セ「いきなり社員で入れたんですか?」

Y「寮に入る条件が社員になることだったから、じゃあ社員で。みたいなゆるい感じで就職できちゃった」

セ「16年前ってそんなゆるい感じの社会だったっけ…? 就職してからはちゃんと働いてたんですよね?」

Y「いや~ひどかったね。 ちゃんと働いてはいたんだけど、毎日同僚とパチンコ行ったり、ナンパ行ったり…今の嫁ともこの時に出会ったんだよね(笑)」

セ「学生時代とデジャブしてて嫌な予感するんですけど――。上京した後はどんな感じで打ってたんですか?」

Y「鹿児島ってイベントが全然なかったんだけど。当時、関東はイベントがすごかったんだよ! それに衝撃を受けて、働いてる店の上司にどんな店ありますか? って聞いて関東圏の有名なお店にはとにかく足を伸ばして打ってたね。」

セ「少し前までメールとか、設定発表とか色々やってましたもんね…」

{Photo06}



Y「そんなことやってるうちに、『うまく立ち回れば食っていけるかも』って変な自信が湧いてきて、3ヶ月で仕事辞めちゃった(笑)」

セ「このタイミングでスロプロとしての意識が生まれてきたんですね!」

Y「もしかしたら、鹿児島にいるときから『ここでこれだけやれてるんだから、関東でもやれんじゃねえの?』って思ってたのかもしれない。――結果としてなんとかなったよね(笑)」

セ「今のYさんを見る限り、なんとかなってますね…」

Y「仕事を辞めてからは埼玉の浦和に家を借りて、イベント狙いで毎日転々と店を変えながら打つっていう生活が始まったかな」

セ「19歳で上京して、3ヶ月で仕事辞めて最近までスロプロだったってスゴいと思いますよ!」

Y「でも、35歳までやってるとは思ってなかったから、それは自分が一番ビックリしてるよ!」

セ「当面はこれで食っていくって思ってたんじゃないんですか?」

Y「全然考えてなかったよ、ホールで働いてる時に『この給料より、毎日パチスロ打ってるほうが稼げてるよな』って思っちゃって、その時に『絶対いけるわ!』って変な自信があったんだよね」

セ「そりゃあ、地元で月300万稼いでたらそうなりますよね!」

Y「親からも離れてうるさく言われなくなったし、甘えてたんだろうね。でも働いてるってことは伝えたかったから、上京した月から仕送りはしてた。だから逆に仕事してないことを疑われることはなかったけど罪悪感はあったよね」

セ「なるほど…」

Y「でも、打ってる最中はそんな事も忘れられたからね。この頃、今の嫁と知り合って付き合ってたんだけど、彼女が大のギャンブル嫌いだったから半年くらいの間パチスロで食ってること隠してたんだよね」

セ「あぁ…それはキツイですよね」

Y「デートの時とか苦痛でしょうがなくて、我慢できなくてカミングアウトしたら『あ、そうなんだ』って軽い返事が返ってきたの。しまいには『一回連れてってよ』言われて、次の日に連れてったら勝っちゃって、それ以降は嫁も打つようになっちゃったんだよね(笑)」

セ「まさかの道連れ。悪い人だぁ…(笑)」

Y「逆に、嫁さんが受け入れてくれちゃったから、自分がどんな仕事に就きたいとか余計に考えなくなっちゃったんだよね。何とかなるでここまでずっと来ちゃった」

セ「惰性でスロプロ続けてたってことですか?」

Y「うん、誰にも何にも言われることなかったからね。友達にも働いてるって言ってたし。でも、月日が経って同級生が就職したり結婚していく中で、同窓会とかで集まったりした時に、こういう生活してるって言えないよね」

セ「なかなか言えないでしょうね…そういう事がキッカケでなにか変わったりしました?」

Y「いや、相変わらず何にも考えてなかったから変わらなかったね(笑) 24歳くらいの時に、パチスロ雑誌の原付で日本を巡りながら打つ企画に応募して最終審査まで残ったんだけど、寝坊して落ちちゃった。」

セ「その企画知ってるかも…。もし、それに受かってたら今とは全然違う人生だったかもしれないですね」

Y「そうだねぇ…結果としてそれ以降もずっと変わらない生活になっちゃったけどね」

{Photo07}



セ「ホールの台が4号機から5号機に移行する期間をスロプロとして過ごしてると思うんですけど、その前後で生活は変わりました?」

Y「5号機になってから? うーん――。いやらしい話だけど稼ぎで言えば落ちたね。けど、その期間で俺の周りにいた人達がどんどん消えていったのよ。『これじゃあ生活できない』とか『家業継ぐわ』って感じでね。でも俺は、なんとかなるでしょ!って思ってたワケ。どこから湧いてくるんだよその自信は? って思うんだけど(笑)」

セ「結果として、ライバルが減った感じですね」

Y「そうだね。若干の不安はあったんだけど、その不安を取り除いてくれたのが雑誌なのかな。雑誌で機種ページのスペックとか見てて『4号機より全然良いじゃん』と思える事が結構あったしね。リンかけ(※リングにかけろ1)とか、5号機初期でも結構ハイスペックな機種はあったから。」

セ「言われてみればそうですよね、5号機移行で悲観的になってた人が多かったイメージだったのでその考え方は無かったです」

Y「あとは打つ店さえ間違えなければ大丈夫だなって感じだったよね。だから、仕事しなきゃとか一切! 全く! 考えなかった」

セ「すごい自信だ! でも今まで惰性でここまで来たのに、なんでこのタイミングで専門学校に入ろうと思ったんですか?」

Y「1番の理由は結婚かな? 今の嫁さんに結婚を迫られて、いよいよ逃げられなくなってきた時に流石に仕事に就かなきゃダメだろと。折角今までパチンコ・パチスロで生きたから、それに関わる仕事に就きたいと考えてたんだよね」

セ「15年近くそれだけで食ってるんですから、そのほうが良いですよね」

Y「そんな時に偶然CSでパチスロ番組を見て、俺も経験を活かして面白さを伝えたいって思ったんだよね」

セ「そういう理由だったんですね。ライター募集やオーディションとかも受けたんですか?」

Y「受けたけどね…。ほとんど返事こないし、返事が返ってきてもADとしてやらないかとか、コンパニオンの運転手やらないかとか、やりたいことはできそうになかったよ」

セ「ライター募集で運転手(笑) そんなことあるんですね」

Y「だから、専門学校で勉強して少しでも夢に近づきたいなと思って入ったんだよね。パチスロしかやってこなかったから苦労も多いけど、嫁も応援してくれてるし何とか頑張ってる感じかな」

セ「なるほど。今までは惰性でスロプロとして生きていきながらも、家庭を持つために、前向きな人生の方向転換の真っ最中ってことですね。私も負けないよう頑張らないといけないです。今日はインタビュー受けていただいてありがとうございました!」

Y「こんなんで大丈夫? 少しでも役に立てたなら光栄です、こちらこそありがとうございました!」

 以上がYさんへのインタビューとなります。見た目は強面で近寄りがたい印象なんですが、物腰も柔らかくて、拙いインタビューも嫌な顔せず受け答えしていただき感謝…!
 そのYさん、先日某パチンコ雑誌のオーディション企画で動画出演が決定し、つい最近初めての収録を終えたとのこと! 機会があれば、今後は顔出しで彼の事をお話できればと思います!
同期の活躍もエネルギーに変えて、今後も自分の腕を磨くべく筆を走らせます! ここまで読んでいただきありがとうございました。

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このコラムへのコメント(4 件)

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セリポン
投稿日:2019/12/21
ひろしさん
コメントありがとうございます!
正直、長すぎて読んでもらえないという不安ばかりだったのですが、読んでいただけて幸いです。
Yさん夫妻にも伝えさせてもらいます!僕も負けないよう頑張ります!
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ひろし
投稿日:2019/12/19
面白かった
二人ともいや奥さんもみんな頑張ってほしい
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あしの
投稿日:2019/12/12
いい意味で癖のない、お手本のような作品! 「色」をもっと出した作品を読んでみたいなーと思わせてくれました。
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佐々木 真
投稿日:2019/12/10
16年くらいも専業をしていたら、様々な葛藤があったはずかな。勝ってる自慢を聞くのではなく、もっと問題意識とかあれば、引き出せた話は多くなったかな〜と思ったり。その人だけでなく、セリボンさんの価値観も入れられたかな。

なんて思いながらも最後までサラッと読めました。文体は上手いです。もっといけるべ。

セリポンさんの
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