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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2019.08.20
優良店の凋落~エヴァまご零~
店内にはかすかにクラシックが流れていた。足元にはいかにも高そうな絨毯が敷かれており、足音1つ鳴りはしない。着慣れない服のせいだろうか、俺は少し息苦しさを感じていた。彼女はかれこれ30分以上も熱心にショーケースを眺めている。
彼女「これくらいがシンプルでいい?」
――「どれどれ」
ペアリング。男性用は飾りっ気がなく極めてシンプル。女性用もデザインは似ているが、1つだけダイヤがあしらわれている。
――「う、うん…いいんじゃない?」
彼女「ちゃんと見てる? アナタも付けるんだからね」
――「うん、見てるよ」
気になるのはデザインより値札だった。一・十・百・千・万・十万…何度数えても6ケタ。しかも、これはあくまで結婚指輪だ。このほかに婚約指輪も必要だそうで、むしろそっちのほうが値が張るらしい…。言うまでもなく心の中は土砂降りだった。
彼女「やっぱりPt1000のほうが」
店員「さすがです! 一般的な結婚指輪は…」
この苦しみはいつまで続くのだろう。襟元のボタンを1つ外し、シャンデリアが不規則に光を散らす天井を仰いだ。
結婚のマイルール。
既婚の先輩には結婚式をせず、指輪もあげていないという人がたくさんいた。こんな時代だ。もう形に囚われる必要はないと俺も思う。だが、俺は婚約する際に1つだけルールを決めていた。
「普通の結婚を経験させてあげよう」
「旦那がパチスロライターだから諦めた」なんて言わせてはならない。彼女の友達はみな普通に結婚式をし、新婚旅行にも行っている。ウチだけ「諦めろ」なんて言えるわけがない。それらを1つでも欠かすようなら、彼女と結婚する資格なんてない。
彼女「じゃ結婚指輪はこれで決定ね」
――「お、おう…いいんじゃない」
彼女「で、婚約指輪はコレね」
店員「ありがとうございます」
――「…(お、おう…)」
指輪・結婚式・新婚旅行という行程の1発目で、いきなりウン十万の借金!! 正直、現金でも払えないことはなかったけれど、そうすると生活費にシワ寄せが来る。まあ、こういう借金も人生経験なのだろうと飲み込んだ。ちなみに俺のカードは限度額が小さかったので、またしても彼女のカードを借りることに。まあ、新人ライターの社会的信用なんてそんなものです。
仕事はもちろん頑張るし、パチスロもこれまで以上に真剣に立ち回ろう。本格5号機時代が到来するため情勢は厳しいものの、きっと乗り切れるに違いない! ハイスペック5号機を攻めまくり、指輪ぶんぐらい1ヶ月で取り返してやらぁーー!!
かつての王国へ。
虎さん「あっつ! 窓んとこめちゃアチーぞ!!」
――「そりゃこんな日射しですから」
吐き捨てるように言った。虎さんは二の腕に息を吹きかけながら擦っている。
虎さん「なんだよ、そんな落ち込むなって」
――「そりゃ落ち込みますって。昨日ガッツリ借金したんすよ」
虎さん「ハッハッハッハ…」
――「笑いすぎですから!!」
午後3時半――
車は国道15号線を横浜方面へ。太陽はまだ高い。こんな早い時間に敗走する羽目になるとは。
虎さん「まあ、ウン十万でガタガタ言うなよ」
――「このあと式と旅行もあるんすよ?」
虎さん「まあな…最近はパチスロも厳しいもんな」
――「もうすぐ完全5号機になりますからね」
虎さん「ん~、機種云々よりホールが…かな」
――「ホール…ですか?」
虎さん「そう。今日だってそうだろ。この前までフツーに使えてたイベントがガセになっちまってる」
――「この前のライダーもそうでしたね」
虎さん「だな。ホールも迷走してんのよ」
――「ですね…」
虎さんが言う通り、4号機末期から完全5号機時代へ移行する際の混乱は大きかった。信頼度の高いイベントが突如ガセイベントになったと思いきや、逆にガセイベントが急にアツいイベントになったりもした。非常に不安定な営業をするホールが多かったのである。
俺は経営側ではないため正解は分からないが、やはり4号機から5号機への移行が大きく影響していたのだろう。完全5号機時代が訪れる前に、5号機にしっかり客を付けたいホール側。しかしハイスペック5号機に高設定を使っても、喰いつくのはプロやそれに準ずる上手い客ばかり。他の客はまだ4号機にご執心。結果、4号機に力を入れざる得ない…。
前回更新の「ライダーバイク編」もその典型例で、設定6投入期間は2週間ともたなかった。優良店とク〇店がコロコロと入れ替わる。この頃は、まさにそんな時期だったように思う。そして数々の名店がこの時期に大きな客離れを引き起こした。東京・神奈川界隈におけるホールのパワーバランスは、ここで一気に崩れた印象がある。
虎さん「なあ、そういや昨日入れ替えだったな」
――「ああ、エヴァまごっすね」
虎さん「は? エヴァ2だろ?」
――「~まごころを、君に~なんで『エヴァまご』って呼ばれてますね」
虎さん「へっ…なんでもいいけど、少し打っていかねえか?」
――「いやいや、導入2日目すよ? 空き台無いですて!」
虎さん「い~や、空いてるね」
――「さっきの店も朝イチから満席だったじゃないすか」
虎さん「バカな店知ってんだよ」
――「バカな店?」
虎さん「そう、ちょっと負けついでに寄っていこうや」
――「はぁ…」
多摩川を渡ると、虎さんは大きくハンドルを切った。そして馴染み駐車場へ。
――「まさかその店って…」
虎さん「そう、S店だよ」
S店――。俺と虎さんが4号機時代から通い続けた名店。かつて「主役は銭形」や「俺の空」の実戦で訪れた、日本でありながら日本ではないアノ店である。4号機の大半が撤去されて以降、俺の足も遠のいていた。この時期の生命線と言うべき「秘宝伝」でも近隣店に押され、常連客の大半を失っていた。とはいえ、つい数か月前まで名店だったのだ。2日目の新台が空いているわけなど…。
虎さん「ほら、面白いもんを見せてやるよ」
――「いや、そんなまさか…」
王国の凋落。
店頭のPOPからは並々ならぬ決意が感じられた。
『地域最大設置!
エヴァまご40台!!』
もうS店は完全5号機時代に向け舵を切ったのだろう。少しだけ自動ドアを開け、その答えを知るのが恐ろしい。虎さんに続き自動ドアをくぐった――。
5号機「新世紀エヴァンゲリオン~まごころを、君に~」(ビスティ)
2007年7月に登場したエヴァシリーズ第2弾。初代の流れを汲んだボーナス+RT機で、2種類のRT「レイチャンス」「暴走モード」を搭載。暴走モードは特殊リプレイ入賞を契機に突入。次回ボーナス成立まで継続する、いわゆる無限RTだ。また、初代と異なり小役とボーナスの同時当選を採用しており、リプレイやベルを含む全役でボーナスを期待できる。チャンスとなるのはスイカとチェリーで、ボーナス期待度はスイカが5%程度、チェリーが20%程度だった(微細な設定差アリ)。
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店内は閑散としていた。もちろん導入2日目の「エヴァまご」は動いているが、それも7割稼働といった程度。空き台が目立った。
虎さん「ほらな、空いてたろ?」
――「導入2日目で…なぜ40台も」
虎さん「バカなんだよ」
――「…」
虎さん「たしかに注目度は高いし、これからの5号機時代を牽引する機種かもしれない」
――「そうですね」
虎さん「でもトップ導入で40台はやりすぎだよ」
――「どこから打っていいか分かりませんもんね」
虎さん「だな。まだヒットするとも限らないし」
――「空き台も目立っちゃいますしね」
スロプロが大挙として押し寄せていたS店だ。入れ替え費用がどこから捻出されるかなど、誰だって知っている。4号機をほとんど外し40台もエヴァまごを買われたら、面白いわけがない。S店にとっては勝負に出たつもりだろうが、常連にとっては決定的な裏切りに思えたのかもしれない。
虎さんとデータ表示器を睨みながらエヴァまごのシマを歩いた。稼働していない台は、ほぼ朝イチ1000G以内で捨ててある。稼働中の台もあまり出ている様子はない。勝負を賭けた機種の割に、チカラを入れているようには見えなかった。
――「あの…マジで打つんすか?」
虎さん「まあ、今日は言わば味見だ」
――「まず負けるでしょうけど」
虎さん「分かってるよ、そのくらい」
――「それなら付き合いますが…」
打ちたい台が見つからないままシマを出た。虎さんは端に置かれたベンチにドカリと腰掛け、俺もそれに続いた。
虎さん「いや~、思った通りの惨状だな」
――「まさかS店がここまで落ちぶれるとは」
虎さん「まあ、こんな新台の買い方してたらダメだろ」
――「ですね。もっと慎重に買わないと」
このままホールを出ることになるだろう。そう思い、煙草に火を点けフロアを見渡した。数か月前までの賑わいがウソのようだ。栄枯盛衰とは言うものの、ここまで極端だとは。ホール運営のなんと難しいことか。
虎さん「そんじゃまー適当に、あの角と角2にすっか!」
――「ええ? 2台とも朝イチからドハマリしてましたよ」
虎さん「上等じゃねーか。お布施だよ」
――「お布施?」
虎さんは諦めたような、少し寂しそうな顔で笑っている。
虎さん「なぁ、俺もお前もココには世話になっただろ?」
――「そうすね。4号機時代は万枚も何度か出しましたし」
虎さん「今がツラいのは俺ら打ち手だけじゃねーよ」
――「たしかに」
虎さん「負ける時は、せめて世話になった店で負けてやろうぜ」
――「なるほど…それがいいかもしれません」
虎さん「俺らの負け分が再建の礎になるかもしれない」
――「なら負けではなく投資すね」
虎さん「おうよ! 味見 兼 投資だ」
――「よっしゃ、行きましょう」
エヴァまごは5号機に新たな方向性を示した名機である。大きなヒットとは言えない初代エヴァを継承しつつも、演出バランスやリール制御を大胆に変え、見事にプレイヤーを惹きつけた。さらに小役カウントという楽しみ方を根付かせた功績も大きい。「パチスロの設定は頑張れば見抜ける」。多くのプレイヤーにそう思わせてくれた機種だったように思う。エヴァまごについては今後も語る予定なので、今回はこのあたりで…。
お布施のあと。
数時間後――
駐車場へと向かう俺らの足取りは重かった。
――「虎さん…昨日借金したんすよ俺」
虎さん「知るか! 80万も100万も変わんねーよ」
――「いや、それにしても…」
虎さん「当たらなすぎだろ! 3時間でボーナス2回て!」
――「俺は4回当たってますけどREG3回…」
虎さん「あ~、腹立ってきたあの店!」
――「打つ前はお布施って言ってましたけど?」
虎さん「うっさい! 40台も入れたならもう少し頑張れよ」
――「それは仰る通り」
虎さん「もうエヴァまごは別の店で打つからな!」
――「S店の店長が可哀そ…」
そのときだ。右ポケットの中でケータイが震えていることに気が付いた。
――「ちょ、ごめんなさい。電話出ます」
虎さん「おう、出ろ出ろ! 俺はソー〇に入るから」
――「ちょ、家まで送ってくれる約束でしょ?」
虎さん「こうなりゃヤケクソだよ!」
左手で虎さんの裾を掴みつつ、右手で通話ボタンを押した。チラリと確認した液晶画面には知らない番号が浮かんでいた。
――「もしもし?」
???「おう、久しぶり。元気そうだな」
――「はぁ…どちらさまで?」
???「Yです。A社の…」
――「しゃ、社長! 御無沙汰しております!」
学生時代のバイトでお世話になった制作会社A。そこの社長Y氏だった。
Y氏「誌面見てるよ」
――「ありがとうございます! まだ仕事少ないですが…」
Y氏「いやいや十分だろう。で、仕事の依頼なんだが」
――「仕事? それってつまり…」
Y氏「ウチの番組に出てみないか?」
――「ま、マジっすか!?」
Y氏「番組でエヴァまごを打って欲しいんだ」
――「エヴァまごを…」
初めての動画出演依頼。しかも実戦機種はさっき負けたばかりの「エヴァまご」だ。パチスロが大きく変わろうとしていたこの時期、俺の仕事内容も変わろうとしていた。
つづく
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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