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パチスロ攻略ライターの思考ルーチン

パチスロ攻略ライターの思考ルーチン

2018.05.08

勝つためのリール制御(1991年)

佐々木真 佐々木真   パチスロ攻略ライターの思考ルーチン


パチンコ・パチスロ機を世に出して構わないかの検査をする保安通信協会の型式試験。去る4月1日から6号機の新内規が適用され、各メーカーとも持ち込み始めました。

どのようなものが出てくるのかは、まだまだ先かな。不適合となった事例も一部公開してくれていますが、パチンコは「規則改正前・規則改正後」と2つの項目があるのに対し、パチスロは規則改正前のみ。要は、今年の1月以前に持ち込まれていた機種たちの結果です。なんか、相当に溜まっていたらしく(笑)。

とはいえ。新内規が決まってから、それが適用されない2月・3月の持ち込み分は少なかったので、パチスロの欄に規則改正後が出てきたら、すぐスタンバイOKということになるのでしょう。各都道府県の検定を受けなければ機種名もわかりませんけど。

そうそう機種名。私は昔の機種名も覚えているほうと思われがちですけど。さっぱりわからないのもいくつかあるんですよ。図鑑を見ても思い出せない。というより、そんなしっかりと台を見てなかったのかな。

今回も、そんな1991年にタイムスリップ。

 

 

パチスロはパチンコのオマケ

1991年当時、パチスロの設置台数・設置比率はかなり少なかったです。パチンコ専門店が大半。パチスロはあって全体の2割程度。人気も収益の軸もパチンコでした。8R制の羽根モノなど遊びやすい台だけでなく、デジパチも保留玉連チャン機などいろいろな仕掛けも増えてきた時代。

パチスロはトントンでOK。お客さんの休憩スペース的な扱いというところも多かったのです。今はね、パチンコのみの売上では困難となって、パチスロに比重を置いているところがほとんどですけど。とにかく還元率が高く、パチスロデビューするには最適な状況でした。まあ、あとから考えてですけどね。


さてさて。予備校の休講期間にパチスロを覚えてしまった私。4月になって、またモーニングサービスのあるホールで仲間と集合することとなりました。同じ生活をしていましたからね。そりゃよほどの運がなければ合格できませんよ(笑)。

そんな彼らにパチスロのほうがハイリターンを得られること。このホールにも朝イチにBIGを仕込まれていることを説明。予算200円の羽根モノではなく、パチスロのシマが朝の住処となりました。というか、あんな軽い説明でよくみんなホイホイくっついてきたな。私もそんな説明で1年前にパチンコを始めたので他人のことは言えませんけど。
 

▲スーパーセブン(パイオニア2号機:1988年)


モーニング店にあったのは『スーパーセブン』。たまたまですが、唯一打ったことのある『ゴールドベンハー』の兄弟機的な存在。リールがスベれば何かが起きる。まったく違和感なく打てたのが大きかったです。ちなみに、もう1機種あったんですけどね。まったく眼中になく。どんな色の筐体だったかも覚えていません(笑)。

全部で30台近くあっただろうか。ボーナスが仕込まれる台はランダム。BIG&REGともに5〜6台はあっただろうか。7枚交換ですが即流しOK。数人でしらみつぶしに探しているうちに“効率よくBIGを取りたい”と考えるのは必然でしょう。

そこで目をつけたのが、リールの特性でした。

当時は、“打ち込み機”という機械を使ってボーナスを成立させるのが一般的。これは配線などを一時付け替えるので、構造変更にあたると禁止され、手で仕込むことものちに禁止されていきましたけど。

4号機あたりの打ち込み機はリールが動かないものもありましたが、『スーパーセブン』のものは、おそらくリールが回ったかと思います。左リール上段に赤7が停止している台はBIGの可能性アリ。左リール下段BAR(枠上に赤7)はBIGの可能性ナシ。今のように1枚役との同時成立だとかはありません。成立したボーナスを必ず引き込んでくれるリール制御を利用して取捨選択に活かしたのです。


ここからの快進撃は、まあなかなかだったんでしょうね。左リール下段BARで放置した台がBIG入っていたり。店員との駆け引きが始まりました。といっても、まだパチスロ歴は2ヶ月ちょい。パチンコ歴を合わせても1年のヒヨっこです。店員からの視線は気にしていなかったですね。

そんなある日、いきなり首根っこを掴まれて外に放り出されましたとも。クマみたいな店員にリラックマでも熊酒場の女将でもありません、鉄拳シリーズに出てくるようなクマです。この当時、パチンコ屋の店員といえば、パンチパーマ。景品カウンターもオバチャンが相場と決まっていました。ええ、クマの店員を想像しがたい方は、元・店長カタギリさんの「しくじり店長」の特に序盤を読んでくださると(笑)。

即流しOKでしたが、台移動は禁止。そう言われても7枚交換ですからねえ。モーニングを探すときはチョロっとコインを持って移動しますやん。まあでもやりすぎたんでしょうね。自覚はあります。BIG当たったら即買い足す(サンドに1000円を入れた形跡作り)とかはしていましたけど。

かくして、使えるホール1軒を失ったのでした。連帯責任というか、友人ともども。正直、パチンコの羽根モノ『マジックカーペット』と一発権利モノの『サイクロン』は知る限りもっとも釘が良かったので、それだけは残念でした。 さあこれで心置きなく受験勉強を……するわけないですね(汗)。
 

 

次なるホームは“パチスロのデパート”

予備校近くの他店にもモーニングは当たり前のようにありました。しかし、一撃で数千枚出ることもある『アラジン』のSIN集中のモーニングなどがメイン。一人がガッツリの方向性は、どうしても台数を多く入れられません。

設置機種の検索サイトはおろか、攻略誌もなかなか目にしない時代。ほんと足で探すしか方法がなかったんですね。しばし路頭に迷いつつ、たどりついたのは、グリンピース。いまでいうところの、新宿東南口の本店ですね。パチスロのデパートという大きな看板に釣られました。見てみると3階には慣れ親しんだ『スーパーセブン』が。しかも、モーニングサービスあり。さすがデパート(笑)。

しかし、これが上手くいかないものです。朝イチに7を並べているもんで、出目からの推測も不可能。たまたま取れたとしても開店から1時間はジェットカウンターが使えず。打たずに待つのは至難の業。70枚(7枚交換でチャラ)を数えて残して、残り300枚強を打ち込むようになっていきました。

そんな時期、3号機時代がついに現場までやってきます。

こともあろうにハズされたのは我らが『スーパーセブン』。代わりに入ったのは『アラジンII』。初代と同様に一撃性のある集中を搭載していましたが、遊技機規則改正によって若干パワーダウン。スベリが特徴的なゲーム性ではありましたが、そもそもすべてが重い。BIGをたくさん当てたい『スーパーセブン』とは客層が異なるのです。

ということで、3号機編はまた次回。ここからは、オープン当初のグリンピース本店の話でも。
 

 

元祖パチスロ専門店!?

新宿グリンピース本店。現在は地下1階から5階までの営業となっていますが、当時は1階〜4階まで。台数の規制とかあったかと。それが緩和されて5階・地下1階がオープンしたのかな。

リニューアルによって今とシマの配置は変わっていますが、1フロアは約40台。基本的に1フロアはすべて同じ機種でした。

1階:スーパーバニーガール
2階:ムサシII(それ以前はアニマル)
3階:スーパーセブン(のちアラジンII)
4階:アラジン白パネル(のちスーパープラネット)

地下1階と5階は次回のネタバレになるので割愛。

160台近くのパチスロがそもそも稀。これだけの規模のパチスロ専門店は類を見ないものでした。どれも名機揃い。ここに入る機種は面白さがどこかにあるんだろうと安心して打つことができました。

まぁあとから考えれば、収益をパチンコのみに頼るホールが多いんだからそちらで打てば……とか。『スープラ』が3階で『アラジンII』が4階のほうが良かったんじゃとかありますけど(笑)。

あと特徴的だったのは音ですね。BIGが揃うと、そのフロア専用のファンファーレが別に鳴り響きます。ちなみに『スーパーセブン』のあった3階はウルトラセブンのイントロ。ほかはプロレス関係が多かったかな。モーニングの時間帯は凄いのなんのって。あと、店員さんのアナウンスは1階から4階まで直結。バイト募集で声帯の強い人優遇と書いてあるに違いない。それくらいの絶叫っぷりでした。

グリンピースといえばレトロを大事にするお店というイメージを持つ方も多いかと思います。それは、おそらく当時からの方針です。トイレにはこんな貼紙が。“狭いトイレですみません。新台入れ替えが少なくてすみません。すべては出玉のために。”

私は、けっしてレトロなホールとは思っていません。実は時代の最先端。スロ専という試みもそうですし、絶叫マイクも旧態依然のものとは一線を画していました。怖い店員さんも少なかったかな。若いお姉さん店員もいましたし、なにより機械のトラブルに強い職人のような方も多かったです。

時代の針を進めたホールなんですよ。むしろ前衛的。密かに、初のイベント営業も1991年あたりに始まった「史上最大の作戦」かと。もっとも、時代が追いついてこなくて失敗に見えること施作もありましたけどね(笑)。

ということで次回こそ3号機の話を。5階と地下1階の話をまじえつつ。

 

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佐々木真
代表作:パチスロ攻略ライターの思考ルーチン

裏モノ全盛期に“ギャンブル”としてパチスロを始めたが、技術介入機時代に最適手順を模索するなど“遊技”としての魅力にはまり、履歴書に大きな穴をあけてしまう。2000年よりパチスロ雑誌などで編集兼ライターの活動を開始。現在は、ほぼすべての機種の発表会や取材に参加。法律・規則などの知識をもとに、根幹システムの推測をライフワークとしている。

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