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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2021.12.07
二人の人生~知らずに犯した三十路の罪~
――「ごめん、ちょっと出掛けていい?」
カミさん「え? これから?」
――「そう、急にSから呼び出されてさ」
カミさん「Sくん? 同級生の?」
――「そうそう。なんか飲みに行こうって」
カミさん「そうなんだ。じゃあ夕飯は要らないね?」
――「ごめん、明日いただくから」
カミさん「いいよ、いってらっしゃい」
――「ありがとう」
カミさんのお腹は、服の中にボールでも入れているかのようにポコンと膨らんでいる。予定日まではおよそ2ヵ月。何度も検診に通っているが、今のところ順調らしい。
お腹が目立つようになれば身の回りの世話が必要だろうと思っていたが、日常生活において、特別俺の手を要することはなかった。カミさんはこれまでと変わらず、家事も難なくこなしている。
30。
俺はゆっくりと身支度をはじめた。
「ちょっと今晩空いてない?」
Sからそんな連絡をもらったのは昼過ぎのことだ。アイツから誘ってくるとは珍しい。10年ほどの付き合いになるが、“サシ飲み”なんてはじめてかもしれない。
カミさん「どこまで出掛けるの?」
――「なんか近所まで来てくれるらしいんだよね」
カミさん「え? ウチの近所まで?」
――「そう、近くで仕事だったのかな?」
Sはディレクターの弟子として働いている。収録現場にADとして来ることもあるが、編集作業の補助がメイン業務らしい。
いずれSが独り立ちすれば、彼がディレクターを務める番組に出演する機会があるかもしれない。学生時代の友人と一緒に働けるなんて、なかなか経験できることじゃない。俺はそんな日が来るのを密かに楽しみにしていた。
――「じゃあ行ってくるね」
カミさん「いってらっしゃい」
――「遅くなるかもだから、先に休んでて」
カミさん「うん、そうする」
――「ほいじゃ、いってきまーす」
外の風は、まもなく冬が訪れることを告げている。俺はポケットに手を突っ込み、いくつもヒビが走る階段をゆっくりと降りた。
このマンションとも、あと2ヵ月ほどでお別れ。家を買い、もうすぐ子どもも生まれる。Sも俺も30か。もうそんな歳になったんだなと、少し寂しも帯びた喜びを感じつつ待ち合わせの場所へと向かった――。
約束の時間まで少し余裕があったが、駅に着くとスグにSの姿を見つけた。
――「お疲れー。早くね? 待った?」
S「いや全然。急に呼び出してゴメンね」
――「大丈夫だよ。近くで収録だったん?」
S「いや、そういうわけじゃないんだけど」
――「は? わざわざ来てくれたわけ?」
S「まあ、そんな遠くなかったし」
――「いやなんでだよ。新宿でもよかったのに」
S「まあ、たまにはね」
地元を昔からの友人と歩く。なんとも言い難い気恥しさを感じつつ、路地裏の適当な居酒屋に入った。
友人S。
ひと通り注文を済ませると、スグに冷えた生が出てきた。
S「じゃあラッシーさん、リーグ戦優勝、おめでとうございます」
――「ちょ、なんだよ『ラッシーさん』って。恥ずかしい」
S「いやもう、イガちゃんよりラッシーさんって感じだな」
――「仕事してるとそうなるか。まあ、とりあえず」
2人だけの静かな乾杯。なるほど、コイツは柄にもなく俺の優勝を祝いに来たらしい。
S「いや~、最終戦マジウケたんだけど」
――「は? ウケるとこあったっけ?」
S「だって泣いてんだもんw」
――「いや泣くだろあれは! 粘って粘って最後に応えてくれたんだぞ?」
Sは決勝戦の収録現場にいたが、おそらくVTRの編集も手伝ったのだろう。
S「パチスロ打ってて泣くとかキッモって思ってw」
――「ちょお前、言い方な!」
Sにはこういうところがある。本人に対し、面と向かってネガティブなこともズバっと言う。いや、Sだけでなく映画学校時代の友人は割とみんなこんな感じだ。
友人の作品についても、つまらない・面白くないをハッキリ言う。そんな人間でないと、映像の仕事は務まらない。時には人の涙も俯瞰から見下ろし楽しむくらいの視点が必要なのである。
――「あ~、まだキミには分からないか~。残念残念」
S「いつまでたっても分かる気しないけど」
――「まあキミには無理かもね~、この領域に達するのは」
Sは肩を激しく揺らし笑っている。落ち着いて話すのはいつぶりだろう。
S「しかし今シーズンはツイてたね」
――「は? なにが?」
S「たまたまルパンの状況良くてさ」
――「だからひと言余計なんだーつーのw たまたまじゃねーわ!」
ルパンはいわゆる看板機種ではない。設定状況だけで言えば、新鬼武者のほうが断然有利だったハズだ。それでも俺はルパンをメインに立ち回った。
新鬼武者ほど暴れないからというのも大きな理由だが、最大の理由を挙げるなら、やはり「好きだったから」に他ならない。
Sは無自覚にトゲのある言い方をしているが、もちろん悪意は感じられない。彼なりに祝ってくれているのだろう。
――「あ? お祝い風ケンカしに来たのかよ?」
S「あーいや……そういうんじゃないんだ……」
――「………え?」
一瞬でSの表情が曇った。語気を強めたつもりはなかったが、冗談と受け取ってくれなかったのかもしれない。
――「いやいや、別に怒ってないから」
S「そうじゃなくて……今日はラッシーさんに話があって来たんだ」
また“ラッシーさん”だった―――。
謝罪。
さっきまでの雰囲気から一転、重苦しい空気が場を支配した。
――「話?」
S「そう。実は……仕事を辞めさせてもらえませんか?」
――「は? え? ど、どゆこと?」
Sは苦しそうに下を向いている。その仕草・表情から冗談ではないことが分かった。
――「〇〇さん(ディレクター)のところを辞めるってこと?」
S「そう……」
――「なん………」
反射的に「なんで?」と言いかけたが、すんでで飲み込んだ。みなまで聞かずとも事情を察する必要があった。
S「もう……限界なんです」
――「……そう」
S「こんなこと……言いたくないけど、何度も電車に飛び込もうかと思ったんだ」
――「そんな……そこまで」
ビールはすっかり冷たさを失っている。さっきまで耳障りに感じていた店内の喧騒も、もう少しも聞こえない。唯一聞こえるのは振るえたSの声だけだ。
S「でも死ねなくて……何度線路見ても死ねなくて」
――「…………」
S「でも……」
――「でも?」
S「ラッシーさんから紹介してもらった仕事だから」
――「はあ? いや、そうだけど……」
S「だから辞めたいって言い出せなくて」
――「なんでだよ!」
S「ラッシーさんの顔に泥塗るの、怖くって」
――「なんでだよ! なんでそんな……」
S「だからこうして今日、謝りに」
――「辞めろよ! そんなんスグ辞めろ」
S「だって、ラッシーさんに悪いから」
――「そんな思いまでしてやらなきゃいけねえ仕事なんかねーよ!」
S「ごめんなさい」
――「お前が謝んなよ」
謝らなきゃいけないのは俺のほうだった。
俺の悪いクセ。
喉は渇ききっていた。しかし、ぬるいビールを口に運んでも喉を通る気がしない。俺は額に両手を当て、ぼんやりと使い古されたテーブルの木目を見ていた。
思い出すのは10年ほど前。映画学校を卒業し、テレビの技術会社に入った頃のことだ。俺は大人の世界にもいじめがあることを知り、それでも社長や親の期待に応えようと粘った。
それでも長くは続かなかった。心の疲れが身体にも伝わり、とうとう駅で倒れてしまったのである。いや、あれは自然と倒れたのではないかもしれない。
倒れたらラクになれる。
そんな気持ちがあったから、半ば意図的に倒れたのかもしれない。俺は早々に逃げ出したのだ。そして逃げ込んだ先が攻略誌「H」の編集部―――。
Sはどうにか俺に恥をかかせまいと、俺の知らないところで耐えていたのだ。俺と会っても口にせず、自分の中に溜め込んで。
俺はそれに気付くどころか、むしろSを新天地へと連れてきたつもりでいた。いずれSがディレクターを務める番組に出られたらいいな。そんな妄想も抱きながら。
何も知らずいい気になっていたのだ。友人を「死にたい」と思わせるほど追い詰めながら。
Sはグスグスと鼻を啜っている。
――「もう辞めて。俺に泥塗られるほどの顔なんてねーから」
S「ごめん……ごめんなさい」
――「いや、謝んなよ」
S「うん……ごめん」
――「そうか……まあ合う・合わないあるからな。俺も迂闊だった」
S「そんなことないよ。……ごめん」
人に人を紹介する際は、もっと慎重になるべきなのだろう。俺はどうも、人をすぐ信用し好きになるクセがある。プライベートで仲良くなれたとしても、仕事の付き合いとなればそうとは限らない。
二人の人生。
ふと、Sの彼女の話を思い出した。
――「そういやさ、長く付き合ってた彼女いなかった?」
S「今もいるよ。高校時代からずっと付き合ってる」
――「はあ? 高校時代から?」
S「そうだよ。田舎から一緒に出てきてずっと」
――「なにそれ!? そんなこと有り得んの?」
S「もう十三~四年付き合ってるかな」
――「じゃあ……結婚は?」
S「するつもり……だったけど……」
――「そうか。ほんと……ごめんな」
S「いや、ラッシーさんはなにも悪くないよ」
――「んなわけねーだろ」
訊けば彼女はしっかり働き、Sを助けてくれているらしい。俺が軽く声を掛けたせいで、Sだけでなく彼女の人生も狂わせてしまったのだ。
――「で、どうすんの? これから先」
S「当面は……スロプロかな」
――「マジかよ。胸が痛いんだけど」
S「いや、言うて僕もソコソコ立ち回ってんだよ」
――「へっ、よく言うわ。心配しかない」
S「いや、ラッシーさんの先輩のAさんいるじゃん? Hの」
――「おお、そのAさんが?」
S「地元一緒だから、たまに一緒に打つんだ」
俺が真剣に立ち回っても遠く及ばない、ガチプロ系ライターAさん(いつものA先輩とは別人)。俺が編集部員のとき、よく一緒にページを作ってくれた頼れる先輩だ。その人が少しでも見ていてくれるなら安心か。
場はすっかり冷え切ったが、話を終えたSはまた笑うようになった。重荷を降ろし終え、少しはラクになったのだろう。その後もパチスロや学生時代の話をしながらしばらく飲んだが、遅くならないうちにSを駅まで送った。
S「じゃあ、線路飛び込まないように帰るわw」
――「笑えるか! スゲー心に刺さるわ」
S「ふへへ、じゃあ仕事頑張ってね」
――「ありがとう。じゃあ、またね」
次にSに会うのはいつになるだろう。次に会ったときは、しっかり働いているだろうか。そればかりが気掛かりだ。
俺が声を掛けなければ、まだ前職のまま幸せに暮らしていたかもしれない。結婚もしていたかもしれない。Sは気にしないでと言っていたが、これを気にしない友人などいないるわけがない。
30にしてすべてを失わせてしまった。ここからしばらく、俺は罪の意識を背負いながら生きることとなる。
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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