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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2019.01.08
『ケジメ』~マッハGOGOGO~
ホールからのメール見ようとケータイを取り出したが、スグに諦めた。この寒さだ。素肌を晒す気には到底なれない。両手をポケットに入れ、よく晴れた空を眺めていた。この駅の周辺には大量のムクドリが棲んでおり、フンや鳴き声が問題になっているらしいが、そんな気配は露程も感じられない。彼らに冬だけの棲家があるのだろうか。それとも餌を探しに出掛けているのか…。
そんなことをボンヤリ考えていると、目の前に見慣れたセダンが停まった。俺はかじかむ手をこすりながら助手席へ滑り込んだ。
――「おはようございます」
虎さん「おう、待たせた?」
――「いえ、全然」
虎さん「良かった。しかしさみーな」
――「歳のせいか寒さに弱くなってる気がします」
虎さん「ふん、ガキがどの口で歳語ってんだよ」
――「はは、そうっすね……」
虎さんはニヤリと笑い、ギアを一速へ入れた。
虎さん「わりぃ、ちょっと窓開けていい?」
――「ええ、構いませんよ」
虎さん「暖房つけすぎて暑くなっちゃって」
――「……(いやダウン脱げや)」
虎さんは少々「天然」だ。7つ下の俺が言うのも失礼だが、そこが可愛らしい。パチスロの腕で言えば、間違いなく編集部史上最強クラス。されど天然。そのアンバランスさこそが、虎さんの魅力なのだ。
虎さんの天然エピソードは枚挙にいとまがない。代表的なのは4号機のAT機全盛期の話だ。
とあるホールで「コンチ4X」の全6イベントが行われた。コンチ4Xはパチスロ史上最高の出玉性能を有するマシンで、設定6の機械割は164.7%(諸説アリ)とも言われている。無事に全6シマを確保した虎さんは、終日打ち倒して4万枚を獲得。ちなみにシマの各台のアベレージは2万枚だったそうな。当然、交換を終えた虎さんの手元には現ナマ80万である。並みの神経ならスグにでもタクシーに飛び乗りたいところだが、虎さんは違った! 現ナマ80万を原付のメットインに放り込み、コンビニで少年誌を立ち読みしていたらしい。「ジャ○プの発売日だから仕方ないじゃん」とのこと。いや、ジャ○プなんて翌日でいいでしょ! せめて買って帰りましょうよ!!
とまあ、こういった逸話をたくさんお持ちの方なのである。そういえば前にも「電話前の完全シミュレーション」エピソードを書いたっけ。そんな愛すべき虎さんについて、編集部内で話題になっていることがあった。
★虎のケジメ。
――「虎さん、(編集部)辞めるってホントっすか?」
虎さん「おお、マジだよ」
聞きたくない話だった。
――「なんで辞めるんすか?」
虎さん「俺もう30だぞ。遊んでらんねーべ?」
――「しっかり働いてるじゃないっすか」
虎さん「正社員になれないんじゃダメだろ」
――「正社員?」
虎さん「ほら、俺とかAちゃんとか契約社員だろ?」
――「そうですね」
虎さん「正社員になれないなら余所行こうかなってな」
――「正社員にはなれないんすか?」
虎さん「この前、契約社員が集められてね。しばらく正社員は採らないってキッパリ言われたよ」
――「そんな……」
虎さん「だから契約社員の4人はみんな辞めることにしたよ」
――「えっ!? AさんもNさんも?」
虎さん「そう、みんな」
――「そんな…寂しくなりますね」
虎さん「みんな俺とタメくらいだからな。モタモタしてらんねーのよ」
――「そうですか……」
当時の俺はガキだったなと、今になって思う。編集部は居心地がよく、誰もが悩みなどなく楽しく攻略誌を作っていると思っていた。まだ23の俺は将来のビジョンも固まっておらず、このままみんなと攻略誌を作っていければそれで良いと思っていた。しかし、俺より遥かに年上の先輩方は違ったのだ。みな30代が目前に迫り、将来のことを考えていたのだろう。きっと一緒にバカをやっていたサークルメンバーが現実社会へ巣立って行くときは、この種の寂しさを覚えるに違いない。
虎さん「ラッシーはさ、やっぱライターになるの?」
――「そのつもりです」
虎さん「結婚もするんだろ? ちゃんと先のこと考えてんの?」
――「それは…」
虎さん「いいか? フリーランスが一般的なサラリーマンと同等の生活を送るには、月収80万が必要なんだ」
――「80万!? そんなに?」
虎さん「今、月いくら稼いでる?」
――「スロの収支を抜けば20~30万ですね」
虎さん「それじゃ全然足んねーよ」
――「マジすか……」
虎さん「今は良くても、将来苦しい思いをすることになる」
――「はぁ…」
虎さん「ライターになるなら、○○○くんくらい売れなきゃな」
――「は? ムリムリムリ!」
○○○くんとは、当時のHの看板ライターだ。底抜けに明るい○○○先輩は、俺とはそもそも人間としてのジャンルが違う。当時は今ほど動画が盛んでなかったが、○○○先輩は紛れもなく演者であり、エンターテイナーだった。現代の「演者」の形を作った人物の1人だと俺は思う。
――「なれねえっすよ、あんな人気者には」
虎さん「まあ、ラッシーはラッシーのやり方で月収80万を目指せばいい」
――「……頑張ります。そういう虎さんは、次決まってんすか?」
虎さん「いや、なーんも」
まるで他人事のように虎さんは言った。ハンドルをしっかり握り、前を向いたまま。
――「だったら編集部にいたほうが……」
虎さん「まあ、ケジメだよ」
――「ケジメ?」
虎さん「このままだと、編集部に甘えちゃうっしょ」
――「はぁ……」
虎さん「いつまでも居て、抜け出せなくなる気がするんだ」
――「居心地いいですもんね」
虎さん「だから一旦外に出て、リセットしようかと思ってね」
――「生活はどうするんすか?」
虎さん「まあ、蓄えは十分あるし……」
具体的な金額は知らないが、当時の虎さんの貯蓄額はウン千万とも言われていた。パチスロで毎月50~100万ほどを稼ぎ、フリー編集としての収入も俺の比ではない。加えて実家暮らしだ。そんな生活を10年近く続けていれば、ウン千万貯まっていても不思議ではない。
虎さん「幸い4号機もしばらく続くし、とりあえずプロやるよ」
――「まあ、虎さんなら大丈夫でしょうね」
虎さん「ずっと続ける気はねーよ。やりながら就職先探すさ」
――「……頑張ってください」
本当はずっと一緒に働きたい。しかし、口に出すには躊躇われた。車は徐々に減速し、バイパス沿いの駐車場へ入った。
虎さん「ほら小僧、仕事の時間だ。しっかり稼ぎな」
――「頑張ります」
★パチスロとの向き合い方。
開店直後のホール内は、思いのほか静かだった。この日の狙いは「マッハGOGOGO」の設定6。虎さん曰く、シマに2台は入るらしい。
▲▲4号機「マッハGOGOGO」(アリストクラート)
2005年末に登場したBタイプストック機。通称はマッハ。主なボーナス放出契機は①規定ゲーム数消化と②カップ揃い3連時の50%で、もちろん規定ゲーム数による連チャンもアリ。また、カップとリプレイの押し順を完全にナビするAT「GOGO TIME(GT)」も搭載。突入すれば出玉が増えるだけでなく、カップ揃い3連によるボーナス連打も期待できる。GT抽選契機は複数あるが、メインとなるのは通常時のチャンス目出現時。ちなみに設定6の機械割は116.5%だ。
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設定6が2台も入るというのに、開店後のマッハのシマには我々2人のみ。虎さんの言うことだから間違いはナイはずだが、さすがに不安になった。
――「…マジで今日6が2台も入るんすか?」
虎さん「大丈夫だって。黙って(設定)判別しろ」
――「はぁ…」
虎さん「そういや、あんまマッハ詳しくないんだっけ?」
――「一応、勉強はしてきましたが」
虎さん「低確チャンス目からGT入れば4以上の期待大」
――「分かりました」
虎さん「あと高確チャンス目からのGTが2連で終わったら6の期待大な」
――「高確は分かるんですか?」
虎さん「砂漠ステージなら高確の可能性アリ。入道雲出現なら高確確定な」
――「了解です!」
虎さん「よっしゃ、早いとこ2台ともツモっちまおう」
虎さんは相当マッハが好きらしく、打ちながら前兆演出を詳しく教えてくれた。マッハの前兆演出は、現代ではとても考えられないほど控えめ。液晶画面のバックミラーがチラチラと光ったり、静かにギアチェンジしたり…といった具合。周りから悟られることなく、プレイヤー本人だけがアツくなれるような演出なのだ。俺は朝イチこそ戸惑ったものの、スグにその地味ながらもアツい演出の虜になっていった。
昼すぎには虎さんが6と確信できる台へ行き着き、俺も虎さんのサポートを受け、夕方には6と思しき台へ辿り着いた。そのまま22時すぎまで打ち続け、虎さんが+5000枚超、俺が+2500枚の大勝利。 その帰り道。朝から何も口にしていない俺たちは、バイパス沿いのしゃぶしゃぶ屋に入った。
虎さん「家まで送るから飲んでもいいよ」
――「さすがに先輩に運転させて飲めないっす」
虎さん「はは…な? 今日のイベント良かったろ?」
――「良かったっす! ライバルいなくて心配しましたが」
虎さん「だろ? 今日は他にもいいイベントあったけど」
――「ライバルが少ないとこを選んだってことすね」
虎さん「そういうこと! 分かってんじゃん。それと…」
――「それと…?」
虎さん「単純にマッハが好きだからね」
――「だと思いましたよ」
虎さん「いや、これマジで大事なことよ?」
――「大事なこと?」
虎さん「しばらくプロやるけど、生きるためだけのパチスロを打ちたくねーんだ」
――「生きるためだけの?」
虎さん「やっぱ楽しんでナンボっしょ。ただの仕事ならほかの仕事するわ」
――「そっすね! 楽しみながら勝ちたいっすよね」
虎さん「さて、ここは先のこと考えずに食べようぜ。好きなだけ食え」
――「いやいや虎さん、ここは俺が」
虎さん「ガキがナマ言ってんじゃねーよ」
――「これまでお世話になりましたし」
虎さん「なんだよ、今生の別れじゃあるまいし」
――「でも…」
虎さん「編集部辞めても家近いんだから、いつでも会えんじゃん?」
――「そりゃそうですが」
虎さん「むしろ今まで以上に一緒に打ちに行けるだろ」
――「そうかもしれませんね」
虎さん「ヒマができたら連絡しろよ」
――「もちろんです」
結局、日付が変わったあとも話し続け、帰宅したのは2時すぎだった。またいつでも会えるのは分かっていたが、「職場の先輩としての虎さん」と別れるのがイヤで、なかなか帰りたくなかった。
1ヵ月後、虎さんは予定通り編集部を辞めた。
★虎のいない街。
とある校了明けの朝、俺は1人原付に跨った。目的の店舗までは、およそ50分の道程だ。虎さんに連絡し一緒に打ちに行くことも考えたが、そうはしない理由があった。
虎さんは紛れもなく俺の師だ。
されど俺は、弟子を名乗るに値しない。
編集部に入ってからは、それなり勝てるようになった。しかしそれは、虎さんがいたからこそ。虎さんに勝たせてもらっていただけにすぎないのでは?
虎さんに頼ってばかりはいられない。
虎さんの教えを基に、虎さんのいない街で立ち回ろう。自分がどの程度成長したかを試そう。狙うは小さなホールの「アラジン2エボリューション」。決して看板機種ではないが、だからこそライバルは少ないハズ。
虎さんの自宅の逆方向に向け、アクセルを捻った。
つづく
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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