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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2018.04.03
『生業』~プロの仕事
レギュレーターハンドルを勢いよく回し、助手席の窓を八割ほど開けた。先輩のタバコの臭いに耐えかねたわけではナイ。
「別に待遇に不満はないけどね」
――「そうですか…」
「でも、こんな仕事続けていいのかなって」
――「いいんじゃないですか?」
「五十嵐はまだ若いから分からないんだよ」
――「…すみません」
車内の重苦しい雰囲気から逃れたかった。咥えタバコでハンドルを握っているのは、先輩ADのYさんだ。機材車は蛇行する路地を進む。俺は早く事務所に着くことを願いつつ、興味があるわけでもない街の灯りをボンヤリ眺めていた。
Y「五十嵐も30になれば分かるって」
――「はあ…」
Yさん「こんな仕事、年とったらできないし」
――「そうですかね」
Yさんは30代半ばで、この制作会社に入ったのは2年ほど前と聞いている。30過ぎでこの世界に飛び込んだのだから、何か事情があるのだろう。しかし、俺にとっては知ったことではない。むしろ少し腹立たしかった。
俺は映像業界を目指し、専門学校で技術を学んでいる。そしてパチンコ・パチスロも大好きだ。パチンコ・パチスロ番組の制作会社は、まさに理想の職場と言っていい。さらに言えば、俺はこの会社の社長が好きだった。社長は今どき珍しいほど熱い男で、時間があれば俺に映像屋の心得を教えてくれた。
生業。
社長「いいか五十嵐、お前はもうプロなんだ」
――「…まだバイトのADですが」
社長「関係ねーよ。お前はこれで金稼いでるんだろ」
――「はい、そうですね」
社長「今のお前はADを生業にしてるってことだ」
――「ナリワイ…ですか」
社長「生業、分かるか?」
――「分かります」
社長「アルバイトでも、それでギャラ貰ってたら生業なんだよ。バイトだからって意識じゃダメだ。プロだって自覚を持って働きな」
――「はい、ありがとうございます」
現代なら「アルバイトにそこまで責任を押しつけるのか!」と言われそうだが、今でもこのときの社長の言葉は俺の中で生きている。たとえギャラの安い単発の仕事でも、決して手を抜いてはならない。それがこの業界で生きていくための基本であり、ルールでもある。
YさんはADの仕事が嫌いというわけではなさそうだった。ただ30半ばで未だADであることに、少し焦りを感じていたのだろう。彼には愚痴をこぼせる同僚もいなかった。社長と彼の間には、ディレクターのSさんだけ。Sさんは一切ムダ口を叩かない人で、会話は必要最低限。Yさんにとっては俺だけが、唯一愚痴をこぼせる相手だったのだろう。
しかし俺は、Yさんの愚痴が社長を貶しているようで面白くなかった。
会社が借りている月極め駐車場に着き、2人で一緒に機材を片付けた。そして翌日の準備に取り掛かる。
Y「明日は大人数の現場だから」
俺「明日の番組って…」
Y「○○(某攻略誌)の番組な。出演者はライター5人」
俺「おお!」
俺が読んでいた某大手攻略誌のレギュラー番組だ。当時、その雑誌のライター陣はカリスマ的な人気があり、例に漏れず俺も憧れを抱いていた。機種の知識はもちろん、目押しのテクニックも一流揃い。そのビタ押しテクニックを競う番組だった。
俺「めっちゃ楽しみっす!」
Y「ノンキなこと言ってる場合じゃねーよ。機材の準備だけでも大変なんだぞ」
俺「頑張ります!」
Y「とりあえず今日はコレを積み込んで終わりね。明日は21時に事務所集合だからな」
俺「了解です!」
それまでの俺はパチスロ番組など見たことがないので、誌面上の彼らしか知らない。誌面には目押しが上手いと書かれてあるが、俺だって少しは腕に覚えがある。実際はそこまで技術の差なんてないのでは…!?
魅せるプレイ。
翌日――。
現場に行ってはじめて知ったが、その日は番組の最終回の収録だった。とはいっても某誌のレギュラー番組は、タイトルと名前を変えて続いていくのだが。
収録が始まる前、ライター陣のリーダー格がスタッフの元へ。
某氏「今日は最終回ですが、そのことはアイツらの前で言わないでください。もちろんみんな知ってるけど、次の番組でレギュラーにならないヤツもいる。メンタルに余計な負担を掛けたくないんです」
ディレクター「分かりました」
ベストパフォーマンスを発揮させるため、いつもの収録のような雰囲気にしてくれと言うことだろう。これが人気ライター陣を束ねるリーダーの気遣いか! クッ…カッコいい!!
そしていよいよ収録がスタート。番組の内容はこうだ。
実戦機種は初代「サンダーV」 で、BIGを揃えたらタイムアタックがスタート。 1度もJACインさせず30Gを完走させ、そのタイムを競う。
サンダーVのリプレイハズシは高難易度だ。中・右リールを適当打ちし、リプレイがテンパイしたら、テンパイラインに3連V下のベルorBAR下のベルをビタ押しする。当時の俺は完璧にハズせず、しょっちゅう失敗していた。果たしてライター陣は…!?
深夜収録なので、もちろん設定は全台6。収録がスタートするや否や、続々とBIGが当選した。だが、なかなか完走者は現れない。やはりサンダーVのハズシは難しく、ライターとて百発百中とはいかないようだ。タイムアタックの焦りや、撮られているプレッシャーもあるのだろう。それでも目の前にすると分かる。
俺とは明らかにレベルが違う!!
タイムアタックに挑戦しているのだから当たり前だが「ハズシに行くスピード」が早すぎる! 俺の場合、ハズシポイントのベルを目で捉えても、実際ボタンを押すまでに時間が掛かる。もちろん正確なタイミングを取るためだ。
ライター陣はその時間がほとんどなく、レバーONから間を空けず果敢にチャレンジしていく。当然失敗すれば、その映像が全国に放送されてしまうのだ。営業中のホールとは、また違ったプレッシャーがのしかかる。 そんな極限のプレッシャーの中、遂に完走者が現れた!
小役ゲームの残りゲーム数が少なくなるにつれ、一層強く注がれる視線。それを意に介さず、超高速でビタハズシをキメていく!
その姿は、まさしく「職人」だった。
撤収作業後――。
事務所へ戻る機材車の車内、俺は社長の隣にいた。
社長「どうだった、あのライター陣を生で見た感想は?」
――「凄かったです。俺とはもう次元が…」
社長「そうだろ。あれが“見せるプロ”ってやつだ」
――「見せるプロ?」
社長「そう。上手いやつなんて、その辺にゴロゴロいる」
――「はあ」
社長「ビタが100%のヤツだっているだろう」
――「そうですね」
社長「でもカメラの前でやれるかっていうと、なかなか難しい」
――「プレッシャーが違いますもんね」
社長「それを平然とやれる度胸のあるヤツが演者になるんだ。お前にもできるか?」
――「いや、今の俺には到底無理です」
社長「はは、だろ? もしもお前もライターになりたいなんて思うなら、“魅せるプレイ”ができるようにならなきゃな」
――「魅せるプレイ…」
ただ高度なテクニックを披露するだけでは、いい演者とは言えない。視聴者を興奮させ、感動を与えるようなプレイをしてこそ「演者」なのだ。この日、初めて「魅せるプレイ」という考え方を学んだ俺。今も基本の考え方は変わっていないが、自分が演者になってから学んだことも多い。たくさんのライターから“魅せ方”を学んでいく過程は、追々綴っていきましょう
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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