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SENZIN伝
2017.07.28
私の祖母【後編】
家族が1人欠けた盆が過ぎ、私といえば真夏の炎天下の中、部活に中学最後の夏を捧げていた。 祖母が入院してから1度も見舞いに行かなかった。 遠方から兄や従兄弟が祖母の見舞いに来ていたが、私は行かなかった。
1度だけ母親に 「あんたも1回位お見舞い行ってみる?」 そう言われたが、生きとし生ける学生にとって夏の悪魔的な存在……夏休みの宿題に追われていた為、断った。 それっきり見舞いに誘われなかったので、深刻な状態ではないのだろうと考えていた。
しかし祖母は退院しなかった。
夏が過ぎ、暑さも収まって来た頃。 茶の間で1人テレビを観ていると、父親が見舞いから戻ってきた。 祖母の容態を聞いても、何度もはぐらかされてきたので私はいつしか容態を聞かなくなった。
父親はテレビを観ている私の側を通り過ぎながら
「婆ちゃんな?お前の事心配してたぞ?」
そう言って、着替える為に家の奥にある自室へと姿を消した。
何を心配される事があるのか? 茶の間に戻ってきた父親に詳しい話を尋ねると
「ん?いやいや、そんな大層な事を心配してた訳じゃないんだけどさ。まぁ……受験勉強の事とかな?タイルは元気か?勉強してんのか?高校なんてどこだっていいんだからって……婆ちゃんずっとお前の事を心配しててな……。」
父親の喋りの歯切れが悪い。だが詮索しなかった。詮索した所で何も答えてくれないだろうと諦めていた。
「俺は大丈夫。俺の心配より、自分の体を心配しろって伝えといて。」
父親に祖母への言伝を一方的に頼み、私は茶の間のテレビを消して自分の部屋へと移動した。 勉強する為である。病人に心配されるなんて真っ平御免だった。
秋も深まる10月。 学校から帰って来ると、母親から祖母が帰って来たと言われた。しかし、一時帰宅で3日間だけだった。 祖母の顔を見るのは何ヶ月ぶりだろうか。祖母の部屋の襖を開けると、祖母はベッドに横たわっていた。
毒蝮三太夫氏の様に「まだ生きてたかババア!長生きしろよ!」と、毒を浴びせてやろうと部屋の入り口から声をかけた。
「婆ちゃん。」 反応はない。
「婆ちゃん!」
少し大きめに声をかけると、祖母は顔だけ動かして虚ろな表情でこちらを見た。私を誰かと認識するのに少し時間がかかった。側にいた祖父が「タイルだぞ」と、祖母に伝えると、驚きと喜びの感情が入り混じったかの様な表情を浮かべた。
「……タイルなのか?」
まるで生き別れた人間と再会したかの様な台詞を言われるとは思っていなかったので、当初の予定が頭の中からスッ飛び、
「あ、あぁ。元気そうだな!」
捻りも何もない返答しか出来なかった。 祖母は上半身をベッドから起こし、私の頭の先からつま先までマジマジと何度も目を往復させて見ていた。
「タイルでっかくなったなぁ……。立派んなった!」
「そんな訳あるか!たった数ヶ月で何も変わらねーよ!」
「そんな事ないぞ?でっかくなった。婆ちゃんは嬉しいよ。」
私は照れ臭くなり、
「婆ちゃんも元気そうで何よりだよ。ちゃんと飯食えよ!」
そう言って部屋を後にした。 祖母はやはり腰が悪い為、部屋から出てこれなかった。
母親に 「婆ちゃんボケたか?俺の事をデカくなったとか言ってるけど」 母親も不思議そうな顔をして 「流石に婆ちゃんボケてはないよ。でもなんでそんな事を言ったんだろ……。」 そう言って考え事をしていた。
次の日。学校から帰宅してすぐ私は眠ってしまった。夕飯も食べずに。祖母の顔も見ずに。 深い眠りだったのだろう。母親に朝起こされるまで1度も起きなかった。
「タイル……!タイル!」
怒りにも似た声で母親は私の名前を呼んだ。 枕元に母親が立っていた。
「婆ちゃん……死んじゃった……!」
先程の声とは打って変わって、聞き取るのがやっとの振り絞る様な声で恐ろしい言葉を口にした。 寝起きの私は母親が放った言葉の意味を暫く理解出来なかった。
「何?どういう事?」
「婆ちゃんが……死んじゃったの……!」
婆ちゃんが死んじゃった?死んだ?朝から何言ってる?死んだ? ノソノソと起き上がり、無言で部屋の外へ出た。 同じ服を来た知らない顔の人間が家の中に沢山いた。 生まれて初めて呆然と立ち尽くした。
「お母さんが起きたら……風呂場のドアが開いててね……?気になって中覗いたら昨日水抜いたのに浴槽に水張ってあって……婆ちゃんが……浮かんで……!」
私の背後から、啜り泣きながら母親は状況を説明した。通夜の時に教えてもらったが、祖母は事故でもなく……自殺だった。
後から知ったが、祖母は鬱病だったらしい。その為、心が不安定だったとか。 その朝はそんな事知りもせず立ち尽くしていた。
あぁ……。この人達は警察か。
段々と、そして1つ1つ理解出来た。 ただ1点。理解出来ない、いや理解したくない事は祖母の死のみ。
「見せろ。婆ちゃん見せろ。」
風呂場にツカツカと歩く俺を、母親は後ろから私の腕を掴んで必死に止めた。
「なんでだよっ!見せろっ!ふざけんな!」
母親に掴まれた腕を振り解こうとしていると、
「タイル君!落ち着いて!」
顔見知った人が目の前に現れた。この町の駐在さんだった。
「タイル君の気持ちも分かる。でも今のタイル君は冷静じゃない。お母さんが駄目だって言ってるのは目に焼きついて離れなくなるのを心配してるからだと思う。それに今のタイル君の状態じゃ会わせられない。」
何故朝からこんな事になってるのか。 学校休んだら?と、駐在さんや親にも言われた。 普段なら喜んで休むが、家にいたくなかった。 時間をどう過ごせばいいか分からなかったからだ。
「気をしっかり持てよ!車に気をつけろよ!」
駐在さんにそう言われて見送られた。 警官に自宅から見送られるとか……笑えてくるな。 普段通りの生活をした。 小さな町だから学校中に知れ渡っていた。 教師からは心配されたが、友達はいつもの様に接してくれた。
後輩の1人が「タイさん大丈夫っすか?」と、心配してきたが私の友達に後ろから空気読めと叩かれていた。 部活が終わり、帰り間際に友達のたっちゃんや他数人に「気をつけてな。気ぃしっかりな。」と、声をかけられた。駐在さんかよ!と、ツッコんだが朝のやり取りを彼らに話してなかったので、ポカンとされた。
中学校からの帰り道に通っていた幼稚園がある。10年以上前に祖母にスパルタで訓練された登り棒も健在だった。 私は登り棒を見上げながらふと思った。
これはドッキリなんじゃないのかと。 全員がグルになっているのではと。 それなら祖母の亡骸を俺に見せなかったのも納得する。警官だって全員の顔をよく見てないけど近所の人達だったんじゃないかと。 家に入ったら茶の間に祖母がいて、何も無かった様に「おかえり」って言ってくれるんじゃないかと。 そんなドッキリなら何回だって引っ掛かろうではないか。 そして喧嘩しよう。悪趣味なドッキリしやがって!と。家に帰れる位元気になったんだろ?なぁ婆ちゃん、喧嘩しようよ。
私はいつの間にか走っていた。走って家の前まで着いて、家の前に設置された通夜の案内板が私を現実世界に連れ戻した。 通夜、葬儀。 祖母を慕っていた兄がずっと泣きじゃくっていた。父親の背中は小さく見えた。祖父は何も言わず毅然としていた。
私は何度も何度も後悔していた。 何故……見舞いに行かなかったのだろう。 何故……もっと話をしなかったのだろう。 何故……いつも心配させてしまってたのだろう。 何故……おかえりって言ってあげられなかったのだろう。 お寺へ納骨の際、列をなして歩いた。空は雲1つない快晴。だが私の心は晴れなかった。 隣を歩いていた叔父に「良い天気だね。」と、声をかけられた。そんなに話した事のない叔父だったが、私は気がつくと、何故か私と祖母の最後の会話をその叔父に話していた。
「婆ちゃんボケが来てたんですかね。」
笑って私が言うと叔父は空を見上げながら
「もしかしたら……その時、既に心に決めていたのかもね。死ぬ事を。最後の最後、タイル君を見て小さかった頃の面影と被ったのかもしれない。あんなに小さかった孫がこんなにも成長したんだって。だからそんな事を口走ったのかもね。」
私も空を見上げながら
「馬鹿野郎ですね……。」
そう言って涙を流した。
葬儀も終わり、遠方から来た様々な人達は帰っていった。ひと段落ついて通夜や葬儀の手伝いに来ていただいていた近所の人達も来なくなった。 ガランとした家を見て寂しくなった。
人1人いなくなっただけなのに。もう私の喧嘩相手はいない。そう思うとやり切れない寂しさが襲ってきた。 遺品整理をしていた伯母が、重い物を移動させる為に私を呼んだ。そして思い出話をしてくれた。
「婆ちゃんはパチンコ好きでね?私以外の家族は知らないかもしれないけど、パチンコに誘われてね。負けて『もうやらねぇ!』って言う癖にまた行って負けて子供みたいに駄々捏ねてパチンコ屋の床に寝転んだりね。」
祖母が?私は驚いた。
「博打が好きだったんだろうね。」
伯母は笑いながら箪笥を整理していると小綺麗な風呂敷を見つけた。中に何が入っているか解くと汚い字の手紙や絵、工作物が出てきた。
「タイル……。兄ちゃんのなんて何も無いのにタイルのだけ大事に閉まってあったよ。あんたが孫の中で1番愛されてたのかもね。」
私が幼少の頃に祖母に描いた下手くそな絵。 手紙は、小学校の頃に敬老会で地域のSENZIN達を学校に招いて無差別で手紙を渡した。 その場に祖母もいた。どうやら私が渡した相手に頼み込んで私の手紙を貰って帰ってきたらしい。 祖母にプレゼントした紙粘土で作ったバッジや、よく分からない私が工作した物。
「これは婆ちゃんの箪笥に閉まっておこうか?」
「うん……。」
月日は流れ、15年後の1月。 上京する前……。私は祖母の墓前に手を合わせた。 婆ちゃんが好きだったパチンコの仕事をしに東京さ行ってくる。また心配させる事しちゃってっけど心配しなくて大丈夫だから。婆ちゃんが味方でいてくれてっから大丈夫。 あの時は笑顔でおかえりって言えなかったけど……次帰って来る時は笑顔でただいまって言うよ。
いってきます!
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- タイルまん
- 代表作:SENZIN伝-僕らもいつかSENZIN-
祖母から父へ、父から自分へと脈々と受け継がれてきたギャンブルの血筋。何故か博才だけは受け継がれなかった哀れな駄目人間。
今日も貴方と同じ空の下の何処かで負けています。
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コメント遅れてしまい、申し訳ありません!
こちらこそ全部読んでいただいてありがとうございます!生々しい所が要所要所あって申し訳ありません…。
たまにはおだだせでけらっせん(笑)
悲しい文章だけど状況がよく分かる記事ですね。
全部読ませていただきました。
ありがとうございます。
天国で「おだだねで、かんばれよ」
って言ってくれでっぺ