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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2024.04.09
パチスロ攻略ライター時代の終焉~起業への道。温かい編集部~
前回のあらすじ
月の収入と支出が±ゼロ付近を行き来する期間が続き、いよいよカミさんから詰められるラッシー。これからの時代、従来のライター業だけでは難しい。そう思ったラッシーは、某動画媒体へ修行に出ようと考える。出版業界の師である編集長からは反対されるが、その相談の中で、思いもよらない構想が浮かび上がる。ラッシーが制作会社を作る!??
前回(①)はこちら
「はい、もしもし」の声を聞き、体が硬くなった。汗ばむ手でスマホをギュッと握り、「おっす、お疲れっス」と静かなトーンで返した。
チーフ「話ってなに?」
――「時間取らせてゴメンね。少しビックリするかもしれないけど」
チーフは、我が攻略誌『H』の動画班をまとめる人物だ。主に雑誌の付録DVDの番組や、YouTubeチャンネルの番組を制作している。まだ小さな部署のため、制作(プロデューサー)やディレクションから、カメラ・編集に至るまでのすべてをこなしている。
チーフが編集部にやって来たのは5年ほど前だろうか。しかし、彼とは古くからの友人で、付き合いは15年ほどになる。
チーフ「おお、どうしたの?」
どんな反応が返ってくるかが怖くて、なかなか言葉が出てこない。
――「いやあの……制作会社を作ろうかなと思ってて」
チーフ「制作会社~? ラッシーさんが?」
その後、しばし沈黙があった。マジメに映像を作っている人からすれば、俺は畑違いの人間だ。映像の専門学校を卒業しているとはいえ、動画制作から離れて14年ほど経っている。面白く思われなくても無理はない。
それでも彼に相談しないわけにはいかない。『H』の番組のほとんどは、彼が中心になって作っている。彼の理解と協力なしに、『H』関連の番組は作れない。
電話は無言が続いている。俺に対して「ナメるなよ」と腹を立てているのだろうか? 実時間にすれば数秒だが、その僅かな時間がとても長く感じる。固唾を飲んで次の言葉を待っていると…
チーフ「いいんじゃない?」
――「え?」
チーフ「いや、いいと思うよ」
――「は?」
意外な反応だった。どんな反応であれ説き伏せるしか選択肢は無かったが、あまりにもあっさりとした返答に拍子抜けしてしまった。
――「勝手にしろって投げやりになってない?」
チーフ「なってない。なってないって」
――「ホント? まあ、ご存じの通り書き仕事が減ってきててね」
チーフ「まあ…そうだよね」
彼は常勤で編集部にいる。各ライターの仕事量はもちろん、紙の仕事の推移も把握しているハズだ。編集部が彼を雇ったのも、言わずもがな将来のパチンコ・パチスロ媒体の〝在り方〟を見据えてのこと。
紙の仕事(主に雑誌)がスグになくなるとは思わない。ただ、動画の占めるウエイトが大きくなることは、数年前から誰もが予想していたことだ。
プライドという毒。
俺らのようなアンティークなライターも、パチンコ・パチスロメディアに動画中心の時代が訪れることくらい分かっていた。
分かっていたが、目を逸らしていた感は否めない。
そもそも俺は、文章を書く仕事をしたかった。というか、その気持ちは社会に出て15年ほど経ったこの頃も変わっていない。まずは大好きなパチスロの分野から。それが編集部の門を叩いた〝きっかけ〟だった。
俺が学生時代を過ごした頃は、まさにパチスロ攻略誌の黄金時代。当時、誌面を賑わせていたライターたちは憧れの対象だった。読み終えたコラムを、何度も何度も繰り返し読むことも珍しくなかった。
俺にとって〝ライター〟とは、それほどの存在だったのである。
下積み時代を経て、どうにかそのライターになれたのだ。時代が変わることを分かっていても、そう易々と書くことを諦められるはずがない。
ペンを握ったまま死ねるなら本望。
それでこそライターだろ!?
そんな半ばヤケクソのような気持ちがあった。もちろん憧れだった先輩たちがそうしたように、動画に出ることも仕事だとは思った。しかし、それはあくまで雑誌や自分の宣伝の一環。俺らライターの主軸は、やはり書くことであるべきだ。
そんなプライドがあった。
大胆に動画へとシフトし、どんどん演者として成功していく先輩や同世代を何人も見送った。それでもなおペンを置かず、地道にライター業を貫く。そんな我々こそが正解だと信じていた。
演者になりたくて、
この業界に来たんじゃない。
ライターになりたくて、
この業界に来たのだ。
どんどん勢いを増す演者に、人気やカネで負けたっていい。スポットライトが当たらなくても、俺らライターが陰からこの業界を盛り上げるんだ。きっと分かってくれる人はいるハズ。派手な生活はできなくても、細々とこの仕事を続けていければそれでいい。
それでこそが攻略ライターなのだ。
そのプライドが〝誤り〟だったと気付いたのがこの頃である。
いや、正確にはもっとずっと前から気付いていた。しかし、動画に出続けられるほどのメンタルもタレント性も持ち合わせていなかったため、目を逸らし続けていたのである。
俺らこそが〝ライター〟だ。 そう言うことで、自分を守っていたにすぎない。自分が演者として無能であることを、必死に隠そうとしていたとも言える。そして、いよいよ誤魔化しが利かない状況になったわけだ。
とはいえ、今から演者に専念しても成功するわけがない。演者として花咲いた先輩や同世代は、みんな敏感に時代の変化を察知し、それに適応するために陰で努力していたのだ。俺のようなノロマが、一朝一夕でどうにかできることではない。
俺一人なら、細々とライター業を続けていくこともできる。しかし、そんな破壊的な未来に家族を巻き込むわけにはいかない。
俺にできることで、活路を見出していくしかない。
頼れる仲間。
チーフ「まあ、さすがにスグにとはいかないと思うけどさ」
――「それはもちろん分かってる」
俺が学生の頃とは時代が違う。またイチから動画を学び直すことになるだろう。そこから人を雇い、将来的には営業に徹していくことになるはずだ。
チーフ「とりあえず、部長に伝えたほうがいいんじゃない?」
――「制作会社を作りますって?」
チーフ「そうそう」
部長とは、編集長のさらに上。我が編集部のTOPに位置する人物だ。当然、チーフの上司にもあたる人物である。
――「たしかにそうだね」
チーフ「直接会って言ったほうがいいよ」
少し怖くはあるが、もはや退路などないのだ。部長の許可を得ないことには、編集部の仕事を貰うことなど叶うはずがない。
――「そうだね。じゃあ会ってもらうよ」
チーフ「ボクが伝えておくよ。あとで部長の希望の日程送るね」
――「ええ!? ちょ、心の準備が…」
チーフ「なに言ってんだよw 早いほうがいいでしょ?」
――「そうだけど……ありがとう」
チーフ「はーい、じゃあまた連絡しまーす」
――「ごめんね、ありがとう」
電話を切ると、鼓動が速くなっていることに気が付いた。冷静になれば、怖くなっても無理はない。
ライターが制作会社を作る。
ほかの雑誌で前例はあるが、我が編集部では初めてのケースだ。それを俺がやろうとしている。編集部員やライター仲間の反応はどうだろうか……。
その数時間後。チーフから連絡があり、あっという間に部長との面談が決まった。
思いもよらない提案。
少し立派な居酒屋は、平日ということもあり静かだった。
部長「おう、やればいいよ」
――「え? 今なんて…」
部長「だから、制作会社やればいいよ」
――「そ……そんな簡単に?」
俺は正座のまま固まった。当然なんと言われようと食い下がるつもりでいたが、チーフと変わらぬ呆気なさに、またもや拍子抜けを喰らった形だ。
チーフ「良かったじゃん」
――「あ、ありがとうございます!!」
チーフは俺だけでは心配だということで、一緒に面談についてきてくれていた。彼にとってなんの得にもならないというのに。なんとありがたいことか。
部長「まあ、キミはウチのスタッフだけどフリーだからさ」
――「まあ、そうですね」
部長「だから会社作るのも自由! やりたいことはやればいい」
――「それはそうですけど、やはり編集部からお仕事を頂かないと…」
部長「それはもちろんフォローするよ」
――「え? ほ、ホントすか!?」
部長「そりゃ~さ、十年以上ずっと一緒にやってきて、いきなり『外で勝手にやれ』なんて言わないよ」
――「あ、ありがとうございます!」
大変申し訳ないが、俺は少し編集部を見くびっていた。編集部は、もうとっくに俺ら攻略ライターになど興味がないのだろうと思っていた。
数年前に言われた『本日ここにお集まり頂いた皆様は、いつ辞めて頂いても構いません』という言葉(※)。あそこで見限られたものだと思っていたが、そうではなかったのだろう。
※2019年10月15日更新回『パチスロ動画の波~退路断絶~』参照
部長「でもどうすんの? ノウハウあるの?」
――「それは…」
チーフ「それは大丈夫です。ボクが教えますから」
――「え!?」
部長「おう、それはいいね!」
俺も数日前の電話からずっと考えていた。いきなり複数人を雇うなんて非現実的。まずは自分が動画制作をイチから学ぶ必要がある。制作だけじゃない。カメラや編集の技術も身につけ、ひと通り自分でできるようになってから人に頼むべきだろう。
――「ありがとう、助かるよ」
チーフ「いや、ちょうど動画班の人手を増やしたいとこだったから」
チーフ曰く、近々紙の編集部員からも希望者を募り、動画作りに興味がある人を集める予定らしい。我が編集部も、ここからさらに動画にチカラを入れていくのだろう。
思い返せば12年ほど前。
編集部の面接で「これから動画の時代が来たとして、君はディレクターもできるのかな?」(※)と質問してきたのが、いま目の前にいる部長その人だった。
当時、勢いに任せ「できますよ、もちろん」と答えた俺だったが、そのときが本当に来るのかもしれない。
※2018年6月12日更新回『スタート~攻略誌編集部へ~』参照
チーフ「まずは編集からかな」
――「そうだね。動画の編集なんて初めてだけど」
部長「いいじゃん。じゃあ番組はじめちゃおう!」
――「は?」
部長「だから、もう番組はじめちまおうぜ。そうすれば否が応でも編集覚えるだろ?」
な、なにを言ってるんだこの人は!!? 編集経験ゼロの俺を、もう実戦投入するというのか!?
チーフ「それはいい案ですね!」
――「ま、マジ? で、で、できるかな?」
部長「なに? できねえの? じゃあ、この話は…」
――「で、できます! できますよ!!」
学校に学費を納めるのが当たり前のように、なにかを学ぶ際は対価を払うのが当然だ。しかし俺は、逆にギャラを貰いながら学べる機会を与えられている。会社員なら話は別だが、フリーで生きていてこんなチャンスは滅多にない。皆無と言ってもいい。
断る理由などナイのである!
こんなにありがたい話はない!
部長「最近はホールから〝収録に来てほしい〟というニーズも増えてるからさ、番組が必要なのよ」
チーフ「やったじゃん! 良かったね!」
――「う、うん……ありがとうございます」
こうして話はトントン拍子に進み、経験ゼロのまま動画編集を担当することとなった。ライターが動画を編集するなど、この頃はまだ1度も聞いたことがなかった。
もちろん不安は小さくないが、それよりも嬉しさが勝った。俺が唐突にブチ上げた制作会社設立の話。それを笑うでも止めるでもなく、俺の想定を遥かに超えるスピードで進めてくれる2人。
今の編集部に、俺はもう不要なのかもしれない。そんな風に思っていたが、実際はずっとずっと温かかったのである。
つづく
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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