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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2021.09.28
前代未聞の全ボツ案件~誰かの痛み~
クルクルと丸まるトレーシングペーパー(※)を右手で押さえつつ、左手で額の汗を拭った。
トレーシングペーパー
透過性のある薄い紙で、出版物の校正の際に使用する。子どもが遊ぶ「写し絵」の薄紙のように印刷物に重ね、その上に朱書き(修正)を加えていく。通称・トレペ。 |
汗は脂をふんだんに含み、爽やかさの欠片もない。トレーシングペーパーは水分を含むと勝手に丸まってしまう。これが地味ながら校正作業のストレスになる。
ホッチキスで印刷物とトレーシングペーパーの四隅を留めてしまえば良いのだが、そうすると捲って印刷物だけの「現物」を見ることができない。
この地味でどうしようもないストレスと戦いつつ、出版物は作られていく。近年は「消せるペン」の登場により、トレーシングペーパーを使う機会も減ってきたが……。
「ピピ」と腕時計が午前10時を告げたが、俺は目もくれず印刷物を睨み続けた。ここからは言わばロスタイム。いつ編集長が来るか分からない。
エレベーターの到着音が鳴るたび、背中がビクンと波打つ。1分後か、それとも10分後か。とにかくそれまでに校正を終えねばならない。
リビングデッド。
――「ふぅ~~~、終わったー」
1つ大きく伸びをし、腕時計に視線を移す。10時13分。編集長はまだ来ていない。今日もどうにか生き延びた。そんな感覚だ。
校正済みの8ページを編集長のデスクに置き、そのまま喫煙所へ向かう。窓から差し込む少しだけ赤みを残す陽光が、目にズキズキとした痛みを与えた。
カミさんは怒っているだろうか。昨日の電話越しにそんな気配は感じられなかったが、身重のこの時期にもう3日も家を空けているのだ。正常な感覚なら内心穏やかではないだろう。
よくカミさんが話していた義父さんの話を思い出す。義父さんは仕事熱心な人物で、カミさんの妹が生まれる際も、まったくと言っていいほど帰って来なかったらしい。
そんなエピソードを口にすることで、俺に釘を刺しているわけだ。「お前はそうなるなよ」と。
タバコを丁寧に揉み消し編集部に戻ると、視界の端が編集長の背中を捉えた。
――「おはようございます」
編集長「おう、おはよう。今すぐチェックするから」
――「お願いします」
そう言いながら机の引き出しを開け、タオルと歯ブラシを取り出しトイレへ向かった。洗面台の電気を付けると、濃いクマを貼りつかせた顔が浮かんだ。
――「これが生きた人間のツラかね」
自虐を込めて笑い、歯ブラシを口に突っ込んだ。
――「……(あと4日、あと4日だ)」
頭の中で反芻しつつ、少し乱暴に歯を磨いた。
キナ臭い話。
朝から終電までの「デザイン会社が動いている時間」はページ作り。はじめにラフを切って、必要な写真を集めたりエクセルで表を作成する。
そしてネーム(文章)を書き、それをデザイン会社にリモートで送る。そして深夜0時から午前2時くらいが仮眠の時間。
デザイン会社が終電までにページを仕上げて送ってくるので、午前2時から10時までが校正の時間だ。こんな無茶苦茶な生活が、もう3日も続いている。
「労働基準法はどうした?」と思われそうだが、フリーランスゆえそんなものは意味を成さない。「ムリだ」「やりたくない」と思えば、依頼を断ればいいだけだ。しかし、このときの俺に断るという選択肢はなかった。
「報酬は弾む」
編集長の口からそんな珍しい言葉を聞いたのは、ここから数日前のことである。いつもの如く1本の電話がきっかけだった。その内容が、なんともキナ臭い。
編集長「お前、来週1週間空いてないか?」
――「1週間!?」
イヤな予感はビンビンしたが、そんな言われかたをすると聞かずにはいられない。フリーライターは「これはキツそう」という仕事を、好奇心から覗いてみたくなる生き物なのである。これは非常に危険な性だ。
――「空けれないこともないですが……」
編集長「マジ? ちょっと聞いてくんね?」
――「はぁ……なんでしょう?」
編集長「こんな仕事“ラッシーさん”以外でできる人いなくて」
――「いやいや『さん』って。確実にヤバい案件じゃないスか」
編集長「んなことねーよ。イージーな案件だよ」
どうやらおだてて気分を乗せる作戦らしい。
――「で、どんな内容でしょう?」
編集長「いやな、これが極秘なんだけど……」
前代未聞の案件。
10年ほど前の話ではあるが、かなりナイーブな内容なので、ざっくりとまとめさせて頂こう。 某遊技機メーカーが、とある編プロ(※2)に小冊子の作成を依頼した。事は順調に進み、納品まで済んだらしい。
編プロとは?
編集プロダクションのこと。 WEBや印刷物の編集作業を請け負う会社。 |
しかし、いよいよ全国発送という段階になり、両社の間でどうしても解決できないトラブルが発生したそうな。
――「なんスかそれ!? 聞いたことないケースですね」
編集長「そうなのよ。で、代わりにやってくれないかと」
――「はぁ……でも納品済んでるんスよね?」
編集長「そう。でも交渉は決裂して、この小冊子は世に出さないと」
――「なんなんスかそれ……」
普段、プレイヤーが何気なく手にしている小冊子。情報量も少なく軽い遊技説明がメインだが、それでも実際に作るとなるとかなり手間が掛かる。
アニメやゲームとのタイアップ機なら、版元(原作者の会社やアニメ制作会社)の厳しいチェックもある。実際に編集作業をした人は、さぞ大変だったことだろう。
――「詳細は教えてもらえないでしょうし、特別訊く気もないですが、俺が請け負っても同じことにならないですか?」
編集長「また途中で『中止だ』って?」
――「そうです」
編集長「ならない、ならない。それは確約もらってる」
――「はぁ……そうなんですね」
トラブルの内容は分からない。出版社や編プロの人間がメーカーの受付嬢や偉いさんの令嬢に手を出し……なんて話も、過去に何度か聞いたことがある。その類だろうか。
――「とにかく普通に作ればよろしいんで?」
編集長「そうなんだけど……」
歯切れが悪い!! 言いにくいこともズバっと言う編集長が口ごもるとは……。
編集長「いやな、実はウチの「H」の看板だけ貸してくれないかって言われたんだよ」
――「ええ!? それって……つまり」
プライド。
編集長「すでに出来上がってる小冊子に『H』のロゴだけ貸してくれればいいと」
――「はぁ~~~!? いや、ダメっしょ普通に」
編集長「だろ? それは断固できませんと断ったんだ」
――「ですよね」
出版社・編プロが作るページには、それぞれの特色がある。古くからパチンコ・パチスロ攻略誌を愛読している読者なら、たった1ページの切り抜きでも、どこの雑誌の記事かを判別できるくらいだ。
なぜ判別できるのかは簡単。使っているデザイン、そして文言(ワード)が違うためだ。同じパチンコ・パチスロ雑誌でも、各社で使うワードは微妙に違う。 簡単な例を挙げれば……
・適当打ち
・フリー打ち
・オヤジ打ち
・同時当選
・重複当選
・同時成立
……といった具合。各社は伝統的に使うワードが決まっている。だから「ファンです」と言われても、少し会話すると「あ、この人は他誌のファンなんだな」と簡単に見抜けることもある。
要するにロゴだけを差し替えても、ファンなら秒で「ニセモノ」と見抜けてしまう。そして作ってもいない出版物に、さも作ったようにロゴを貸すなど倫理的にできるわけがない。農産物なら生産者偽装、産地偽装のようなものだ。
先輩たちが築き上げてきた「H」というブランド。編集長も長きに亘りそのブランドを築き上げてきた1人だ。それを易々と貸し出すことなどできるわけがない。
「H」の先輩たちや編集部への裏切りだけでなく、読者をも裏切ることになる。そんな話は断固飲めない。
編集長「だから、作り直させてくれませんかと提案したわけよ」
――「はぁ、それで俺に……と?」
編集長「そう。ラッシーなら編集できるし、ネームも書けちゃうし」
――「なるほどですね……」
編集長「報酬は弾むよ」
――「な!? なんスかそれ……」
編集長のほうからそんなことを言うのは極めて珍しい。だからこそ怖いのである。
編集長「なにせ納期がね……」
――「やっぱり!!!」
それはそうだろう。すでに納品済みの案件なのだ。小冊子のために機械の納品日(=導入日)を動かすことなど有り得ない。機械の納品日は変わらず、それまでに全国発送しろ……ということなのだろう。
――「で、納期は……」
編集長「〇日フィックス(固定)で。これは動かせない」
――「来週末じゃないっスか!!」
編集長「だから来週空いてっかって訊いたろ?」
――「来週で納品までとは聞いてないっスって!」
編集長「あ、あと言い忘れてたけどネームも結構あるんだ」
――「ええ? 小冊子なのに!?」
通常、小冊子にネーム(文章)はほとんどない。遊技説明のキャプションと、キャッチコピーがメインだ。なのにネームもしっかりあると……
編集長「なあ、いい金になるよ~?」
――「ふはは、めっちゃ足元見てくるじゃないっスか!!」
カミさんの腹は目に見えて大きくなった。そして年末には新居への引っ越しも控えている。カネはできるだけ欲しい。しかし……
――「でも待ってください。ブツ見ないとなんとも言えないですが、物理的に1週間でイケます?」
編集長「イケるイケる! ラッシーさんなら大丈夫」
――「いや、マジな話。Sさんも召集しましょうよ」
Sさんは同じく編集経験のある先輩ライターだ。キャリアが長いだけでなく、作業スピードも俺より格段に速い。
編集長「いや、地方から呼び出して隔離とか可哀想だろ」
――「隔離~!! ラッシーはOKなんスね?」
編集長「いや~、キミはスグ来れる距離だし」
――「まあ、そうですけど。とりあえず明日、編集部行きます」
編集長「今日からでもいいんだよ?」
――「もう20時っスよ!?」
編集長「冗談だよ、明日待ってます」
――「はぁ~~~、失礼します」
かくして、かつてないタイトなスケジュールの案件を受けることに。提示された報酬は、たしかに通常の小冊子作りより25%ほど多かった。
編集者の気持ち。
歯磨きと洗顔を終え、非常階段の踊り場に出た。眼球に突き刺さって痛いが、それでも朝日を浴びたかった。
手すりに手をかけ、地面を覗き込む。二十数メートルはあるだろうか。死ぬ気はない。死ぬ気はナイが、ここを越えてみたらラクになるだろうなとは思う。
こうして非常階段の踊り場や窓から地面を覗いたことは、1度や2度ではない。数日カンヅメでの編集作業は、それほど心と体を蝕むのである。
ボツになったという納品済みの小冊子は見せてもらった。1つの非もなく、完璧な作りだったと思った。聞けば、その編集者のせいでボツになったわけではないそうな。
つまり第三者の犯したミスにより、作り上げた小冊子がムダになったというわけである。
この仕事をしていると、お蔵入りも稀にある。しかし納品した小冊子が丸ごとボツになるなんて聞いたことがない。
編集者は俺と同じように苦労したハズだ。
その作り上げた物が、他人の行動でフイになる。どれほど悔しかったことだろう。そして作り替えられた別物が全国のホールに並ぶ。自分だったらと思うと胸が痛い。
ページの構成(内容)は、ボツになったブツからほとんど引き継いだ。もちろんメーカー側の意向を受け、内容にも一切問題がなかったためである。
それでもデザインを一新し、文章・写真・表の配置などもイチから作り直した。文章も「H」のテイストを意識しつつ、すべてイチから書き直し。
ボツになった元の文章は読まなかった。少しも影響を受けたくないからである。それがライターとしてのプライドなのか、元の編集者への敬意かは分からない。明白なのは「ただのパクリになりたくない」という気持ちだった。
エンタメの裏側。
作業開始から1週間後――
営業さん「はい、トラックの出発確認できました」
編集長「お疲れさまでした~」
完成した小冊子が印刷所から発送されたのを確認し、このイヤな案件は幕を下ろした。
編集長「ラッシーお疲れ。助かったよ」
――「いや~、今回はさすがにキツかったっス」
編集長「このスケジュールじゃな。どうだ? 一杯行くか?」
――「いえ、さすがに風呂入りたいっス」
編集長「だよな。じゃあ気を付けて帰れよ」
――「ええ、お疲れさまでした」
帰りの電車に乗り込むと、俺はウソのように一瞬で眠りについた。目が覚めると乗換駅はとうに過ぎており、昔よく通ったホールがある駅にいた。カバンを抱え閉まりかけのドアからホームにに降りる。
――「くっそ、やっちまったな」
スグに上りホームへ向かわず改札を出た。そして開店前によく行った喫煙所へ。ふわりと昇りゆく紫煙を追い空を見上げたが、やはり星空は見えなかった。1等星だけがポツリポツリと浮かんでいる。
ハードな仕事を終えたあとには、それなりに大きな達成感がある。しかし今回は……。
この仕事の陰には、悔しい思いをした編集者がいる。俺と同じフリーランスなら、報酬は出版社・編プロから支払われたハズだ(たぶん)。
でも「金さえ貰えたらOK」というわけじゃない。自分に非がないにもかかわらず、完成させた物が世に出ず廃棄される。作り手にとって、こんなに辛いことはない。
パチンコ・パチスロも、完成後にお蔵入りになる機種がある。何度かそんな機種を打った経験もある。
1つの遊技機開発に数年を要することもあるそうな。それがボツになったら、一体どれほどの痛みだろう。我々が愛すエンタメは、そんな痛みのうえに成り立っているのだろう。
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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