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あのときオレはクズだった~田中の回胴回顧録~

あのときオレはクズだった~田中の回胴回顧録~

2016.05.10

最終回:あのときオレはクズだった ~番外編④ in Japan~

田中(クズプロ田中→クズ田中→田中) 田中(クズプロ田中→クズ田中→田中)   あのときオレはクズだった~田中の回胴回顧録~

いよいよ最終回。前回のリベンジとばかりに「ボートレース」に挑みかかる。

今回も鈴虫君が同行

 人は誰しも、触れたくない過去、触れられたくない過去というものがある。なにかの本で読んだ前立腺マッサージというキーワードが頭からどうしても離れず、それを確かめるべく興味本位でボールペンを押し込んでみたら、抜くときに頭のキャップだけ中でハズれて置き去りにしてしまった中2のあの晩の話は誰にも話したくない過去だし、もっと身近なところで言うと酔っ払って投稿したツイートを翌朝にチラ見して、なかったことにしてしまいたいと思ったことは二度や三度ではない。

 人間はけして強い生き物ではない。そういったイヤな過去が積み重なり、ある一定 のところに達すると精神を病んでしまうわけで、だからこそ、時間とともにイヤな過去を頭の中から消し去るという特殊能力を神から授かっているわけである。

 〆切など、とうに過ぎている。編集長から再三再四の催促がきているにもかかわらず原稿に着手しなかった理由は、その日の記憶がごっそり抜け落ちているから。あの日のことはキレイに忘れて新しい日々を歩みだしているのに。イヤな記憶はすでに、けして漏れることのない筒に閉じ込めてフィンランドの地中深くに埋めたはずなのに、それをもう一度、掘り起こせと言うのだから、こんな残酷な話があるだろうか。

 あの日はたしか、桜の花がいままさに花開かんとする、少し肌寒いけれど陽気に満ちた日だった。前日に知り合いの誕生日会でしこたま飲んでいたので体調こそすぐれなかったものの、自分はこれまでにないほどの手ごたえに満ちていた。

 第51回「SGボートレースクラシック」。総理大臣杯といったほうが馴染みがあるだろ うか。「あのときオレはクズだった」というパチ7での連載。そのページビュー数に応 じていただく軍資金(※編注)で勝負をするという、いわば番外編は、これまでフィリピンでのバカラ新宿でのミリオンゴッド平和島のボートと、まるで結果を出せぬままやってきたわけだが、最終回となる今回の軍資金は65000円。これまでで最も多い軍資金を頂くこととなった。

※編注
この支援金は田中氏が執筆する「あのときオレはクズだった」のPV数に応じて(1PV=1円)、パチ7編集長が田中氏にお渡しする個人的支援金。決して軍資金ではない。軍資金と捉えたのは、彼の脳みそである。

 

番外編①:バカラinセブ

番外編②:ゴッド凱旋inジャパン

番外編③:ボートin平和島

 ギャンブルにおいて軍資金は、多ければ多いほどいい。たとえ全額を張らないとしても、1万円しか持たずに1万円の勝負をするのと、5万円持って1万円の勝負をするのとでは、余裕がまったく違う。そして、この余裕というのがギャンブルにおいて、なにより重要となってくる。そういう意味では65000円という金額は余裕を持つのに十分すぎる額。さらに、勝負レースと決めたこの日の12レース。いわゆる優勝戦は、節イチ級のエンジンをつかんだ1号艇の坪井康晴がガチガチの本命という、据え膳ともいえるレースだったのだ。

 そう。坪井は完ぺきだった。4号艇の深川がピット離れの失敗から前づけを強行し、かなりの深インになりこそしたものの、堂々のイン逃げをしてみせた。しかし、こちとら深川は展示から4コーススローだと思っていたわけで、ピット離れの失敗から2コースに入るのは想定外。それがボートレースだ。そう言われると返す言葉もないが、こちらは内から1番目と2番目の艇がそのまま順当にいくだろうと、1-2からの線でごっそり買っていたため、万事休す。たった3分で65000円のお金が、ただの紙屑にかわることになったのである。
 

多くを語らなくとも伝わる写真

 
 ただ、オレだってギャンブラーのはしくれだ。負けた勝負に対していつまでもグズグズ言うつもりはないし、坪井選手には素直におめでとうと拍手を送りたい。深川選手もルールの範囲内でコースを取ったのだから、なんの文句もない。ただ、どうしてもひとつだけ、納得のいかないことがあるのだ。

 それはなにか。同行していた鈴虫が10万円ちょっと勝ったことでも、同行していた鈴虫がゲストに来ていた鈴木奈々を見て興奮していたことでも、同行していた鈴虫が前園を見て一緒に写真を撮りたいとミーハー丸出しだったことでもない。あれはすべ てが終わって反省会という名の飲み会を大森駅前のしがない居酒屋でやっていたとき のことだ。

 自分は二日酔いがいまだぬけず、一滴もお酒を飲まなかったのだけど、酔った勢いかどうかは知らないが、一緒にいた覆面編集長がうなだれる自分とニコニコ顔の鈴虫の写メを撮り、Twitterでこうつぶやいたのだ。

【12万勝った男と7万くらい負けた男。】

 負けたのはしょうがない。ただ、この悔しさを文章にぶつけられるのがライターの醍醐味。素材をいかしながら、伏線をはって、65000円負けのオイシイ終着点にどう やってつなげようか。そんな望みを断ち切られる、まさかのネタばらし。編集長、そりゃないよ……。
 

 パチ7の読者に向けたピンポイントのツイートで、あらかじめネタバレしているこの状況。そんな中で書く原稿というのは、自分にとっては取れないボールペンのキャップを母親に取ってもらうくらい恥ずかしいことではあるが、「あのときオレはクズだった」は、番外編の今回をもって最終回。核廃棄物の完全な無害化には10万年かかると言うが、密封して再びフィンランドの地中に埋めてしまう今日のこの記憶は、果たして何年後に無害化されることになるのだろうか……。あのときオレはクズだった 最終回
 

 

編集部目線

田中氏がこっちを見ない

いやぁ、メンゴメンゴ。

あまりにもお二人の対照具合が面白くて、こぼれ出たよね。溢れ出たよね。Twitterって怖いね。

それにしてもこれで最終回か。スタートしたのが2014年5月だから、約2年間、番外編を含めれば全部で48回だね。連載中は本当に楽しかった。田中氏から原稿が上がってくるのが待ち遠しかった。加えて言うと、締め切りをきっちり守る田中氏のスタイルにも感服の一言。

思えば私は「田中氏の世界に誇るクズエピソードを書いてください。そのかわり、PV数に応じた個人的支援金を差し上げます」という連載主旨を決めただけ。編集という編集は、やってなかったなぁ。「こんなんでいいのかなぁ」と思いながらも、毎回毎回魅力溢れる記事を上げてくれる田中氏に寄りかかりすぎたカタチで最終回を迎えたわけです。

田中さん、今さらながら、おんぶにだっこの頼りない編集でごめんなさい。こんな編集に最後まで文句言わずに付き合ってくれてありがとう。
でも今は、自由にやってもらう、これも立派な編集なんじゃないかと、そう思い込んでいるから、僕は大丈夫です。

どれくらいの方が「あのときオレはクズだった」を読んで楽しんで頂けたか?なにかの励みになって頂けたか?はっきりとは分かりませんが、この連載を楽しんで頂いた方々とは、間違いなく「旨い酒」が飲めると思います。もちろん田中氏とも。

あー、でも、パチンコパチスロが楽しくなるサイトというコンセプトには最後までハマッた感がなかったなぁ。
まぁ、いいや。田中さん、とりあえず記憶の箍が外れるほど飲みに行こう。一つの仕事をやりきった二人をお祝いしよう。…フィリピンパブ以外で。

一人の自称クズな男が赤裸々に語る人生を読みたくなったら、いつでもここに来てください。


あのときオレはクズだった。約2年間のご愛読ありがとうございました。 編集長
 

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田中(クズプロ田中→クズ田中→田中)
代表作:あのときオレはクズだった~田中の回胴回顧録~

パチスロ好きが高じて21歳の時にパチスロ必勝ガイドにてライターデビュー。若手時代は勝ちキャラだったものの徐々にクズっぷりを発揮し、昼はギャンブル、夜は酒をモットーに活動を行う。30歳で思い立ってフィリピンに英語留学へ行き、2012年の2月より世界の子ども支援を行うNPO法人セブンスピリットを設立。フィリピンのセブ島でNPO活動をしながら執筆も行っている。

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