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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2018.11.27
『暗闇への船出』~ライターになる決意~
左手の手首は悲鳴を上げつつあった。プリントされた解析資料は膨大で、辞書さながらの重みがある。それを手にしてから、どれほど時間が経ったのだろう。横目で時計をチラリと見ると、もうすぐ定時の18時だった。すでに1時間半が経過している。
とはいえ、解析の内容は1つも頭に入っていない。俺は解析資料を読むフリをしながら、忙しなく「引っ越し」の準備をする編集長と同僚Fを見ていた。
2005年の秋、編集部内で大規模な異動があった。 入社以来、ずっと一緒にやってきた同僚F。彼と編集長は、この異動を機に別の班へ。俺やデスクの数名は従来の班に残り、新しい編集長を迎えることとなったのだが……。
タイミングは今日しかない。
編集長は、いわゆる銭スロッターだ。校了前の忙しい時期でなければ必ずと言っていいほど定時で帰り、真っ直ぐにホールへと向かう。引っ越し作業を切り上げたタイミングで捕まえる以外にない。
編集長「おいF、そろそろ切り上げっか?」
同僚F「あー、荷造りがまだ途中で…」
編集長「残りは明日にしようぜ」
同僚F「了解です! では帰りますか」
編集長「おう、キンキンパル打ちに行くからよ」
今だ! 編集長がカバンに手を掛けた瞬間、俺は急いで立ち上がった。
――「すいません編集長、少しご相談があります」
編集長「なんだよ…今日じゃなきゃダメ?」
――「ええ…お願いします!」
★揺るがぬ決意。
編集長は小さく溜め息をつき、観念したようにカバンを置いた。
編集長「おいF、先に行ってろ!」
同僚F「じゃあG店に行ってますね」
編集長「おう、あとで行く」
編集長はズシリとイスに腰を下ろし、俺にも隣に座るよう促した。
編集長「で、何の相談?」
――「あの…編集を辞めさせて頂けますか?」
編集長「辞める? 今すぐ?」
――「いえいえ! 明日から来ないとか言いませんよ。そういった社会常識は持ち合わせているつもりです」
編集長「そうか…で、何で?」
――「はい…班の体制も変わるし、ちょうど頃合いかなと」
編集長「いや、そんな話じゃねーよ。理由を聞かせろ」
――「お忘れかと思いますが、俺、ライターになりたくて」
編集長「あ~、そんなこと言ってたな!」
――「やっぱりお忘れでしたか」
編集長「なんで今なん?」
――「もう24ですし、若いうちのほうがいいかなと」
編集長「そりゃーな…何かアテあんの?」
――「ありませんが…ライバル誌のMとGを受けようかと」
ライバル誌に行く。お世話になった編集部への裏切りと思われても仕方ないが、これには事情があった。
我が攻略誌「H」にはたくさんの所属ライターがいて、その先輩方は編集部との結束も強かった。文章を書くという技術的な面において負ける気はしなかったが、先輩方を押しのけ仕事を獲るのは難しいと思ったからだ。
もちろんライターの先輩方にもよくして頂いた。今にして思えば、だからこそ「仕事を奪い合う関係」になりたくなかったという気持ちもあったかもしれない。
編集長「MかGか…お前、ココへ来て何年になる?」
――「2年ですね」
編集長「で、1年半は俺と一緒だったよな?」
――「はい…」
編集長は目を閉じ、顎をさすっている。機嫌は良くない。会議のときによく見せる仕草だ。俺は黙ったまま次の言葉を待った。
編集長「う~ん、イヤだな」
――「え? 編集を辞めるなと?」
編集長「違う、そうじゃない」
――「はぁ…」
編集長「普通に考えろよ。2年も育てたヤツをライバル誌に持っていかれんだぞ? ヤだろ」
――「まあ、そうっスね」
編集長「ウチでやりゃいいじゃねーか」
――「え!?」
俺はこの言葉を予想していなかった。それにも理由がある。 こんなことを書くのは憚られるが、敢えて正直に当時の心境を綴ろう。
俺は自分を「編集長にとって必要のない部下」だと思っていた。編集長が別の班へ異動する際、唯一連れて行くと決めたのが同僚Fだ。彼は入社2年で進行(雑誌作りのスケジュール管理)を任されるほど、頼りがいのある男だった。前時代的な言葉で言えば出世頭である。
対する俺は編集としてのスキルこそ認められつつあったものの、相も変わらず社会性の無さを発揮。イチ作業員としては悪くないが、間違ってもリーダー格に置いてはいけないヤツ。それが当時の自己評価だったし、周囲もそう見ていたと思う。自分で今振り返ってもそう思う。
編集長「ウチでライターやりなよ」
――「え!? ま…マジすか?」
編集長「なんだよ、イヤなのかよ?」
――「いやいや、そんなワケないっス! ありがとうございます!」
編集長「しかし…2年も編集やって、まだライターになりたいとはな」
――「たしかに珍しいかもしれませんね」
編集からライターへ転身するケースは案外少ない。ライター志望で編集部に入っても、編集に腰を落ち着ける人が多いのだ。
編集を1年も続けると「もう編集のほうが良いな」と思ってしまう…らしい。2年以上編集として働き、それでもなおライターになりたいと言うヤツは稀なのだ。
編集長「とりあえず偉いさんたちには俺から話とくから」
――「ありがとうございます」
編集長「ただ、スグに辞められたら困る」
――「ですよね、分かってます」
編集長「新体制になるから、半年は続けてくれないと」
――「構いません」
編集長「さて、ライターになっても喰えるかな」
――「ちょ~、そこはお願いしますよ」
編集長「しかし、この時期にライターなりたいなんてアホなの?」
――「……5号機ですね」
編集長「そう、この先どうなるか分からねえってのに」
――「正直……怖くはありますね」
編集長「だよな…まあ頑張れよ! 続きはまた明日な」
――「はい、ありがとうございます!!」
そう、俺がライターになると決めたこの時こそ、まさにパチスロ初の5号機「新世紀エヴァンゲリオン」が登場した時期だった。
▲5号機「新世紀エヴァンゲリオン」(ビスティ)
2005年10月にビスティから登場。5号機第1弾はパロットの「CRP花月伝説R」だが、パチスロの5号機第1弾は、この「新世紀エヴァンゲリオン(エヴァ)」である。基本的にはBIGとREGで出玉を増やすノーマルタイプだが、REG後はRT「レイチャンス」に突入。RT終了条件は100G消化orボーナス成立だった。
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★もう1つの決断。
編集長を見送ると、俺もスグに帰り支度をし編集部を出た。早歩きで駅へ向かいながら、ケータイを取り出す。短縮ダイヤルと通話ボタンを順に押すと、わずかな呼び出し音でスグに繋がった。
Kさん「もしもし? 終わった?」
――「うん終わった。今どこ?」
Kさん「新宿南口の広場」
――「スグ行く。ご飯どこ行くか考えてて」
Kさん「分かった」
――「じゃあね」
ケータイをポケットに放り込み、待ち合わせ場所へと急ぐ。南口の広場に着くと、スグに彼女を見つけた。背が高いから、人ごみの中でもスグに見つけられる。
Kさん「お疲れさま」
――「うん。とりあえずメシ行こうか」
自宅方面へ電車で20分。落ち着いた居酒屋に入った。
Kさん「そうか~、Hで続けられてよかったね」
――「そうだね。でもゴメンね」
Kさん「なにが?」
――「いや、結婚するのに不安定な仕事を選んで」
Kさん「私だってずっとフリーランスだから大丈夫」
――「そう言ってもらえると助かるよ」
そう。よりにもよってこの時期、俺は結婚を決めていたのだ。24歳での結婚は少し早い気もしたが、彼女が9つも上だから仕方がない。いくら社会性のない俺でも、30代の女性と遊びで付き合うことはできなかった。うん、我ながら誠実だ。
Kさん「パチスロのことは分からないから、仕事は好きにしていいよ。ちゃんと働いてくれれば」
――「はい…収入が減らないように頑張ります」
Kさん「結婚のことも編集長に話した?」
――「それは日を改めることにしたよ」
Kさん「まあ、入籍はまだ先だから急がなくていいけど」
――「今、社内が異動でバタついてるから、落ち着いたら話すよ」
Kさん「編集辞めて結婚だから、心配されちゃうもんね」
――「それもあるけど、今はパチスロも厳しい時期だから」
Kさん「そうなの?」
――「これまでが4号機ってヤツで、スゴい人気だったんだ」
Kさん「うん」
――「でも法律が変わって、5号機ってヤツに移行していくんだ」
Kさん「そうなんだ」
――「出玉性能が一気に抑えられるからなぁ……」
Kさん「出玉が少なくても面白いとかないの?」
――「そう、せめて面白いと良いんだけどね…」
俺は数週間前のことを思い出していた。 あの5号機の初打ちの日のことを……。
★ファーストインパクト。
午前9時半。
俺とS先輩は、神田にある某ホールの前にいた。
S先輩「しかし…これはヤバくないか?」
――「ヤバいっスね」
記念すべき5号機パチスロ第1弾「新世紀エヴァンゲリオン」の導入初日。時代が変わる、まさに「その日」である。それはそれは長蛇の列になるだろう。そう予想していたのだが……。
S先輩「開店30分前だよ。どうなってんの?」
――「誰も来ないっスね」
こちらは8時から並んでいるというのに、我々以外の並び客はゼロ! 冗談でなく、ガチンコのゼロなのである!! 開店直前になっても、増えたのはたった3人だった。
S先輩「いくらなんでも注目度低すぎでしょ」
――「4号機があるうちは厳しいでしょうね」
S先輩「終わっちゃうのかな、パチスロ……」
――「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
S先輩「今日のデータ採りで光が見えるといいなぁ」
――「見せましょうよ、光を! 読者に!」
いざ開店!
入場は並び順なので、S先輩が1番、俺が2番だ。導入台数は事前に告知されていなかったが、まず取れないということは起こり得ない。
さて、どこだ…
どこにエヴァのシマがある?
が、様子がおかしい……。
S先輩と二手に分かれ店内を1周したが、エヴァのシマが見つからない!!
どこかで見落としたか!?
再び店内を探し歩くと……
あった!
あったけども…
バラエティーコーナーに2台だけ!!
しかもすでに人が座っている!!!
待てぇい! 5号機パチスロ第1弾だよ?
超人気コンテンツの「エヴァ」だよ?
2台て! バラに2台て!!
1・2番入場なのに、まさかの台確保失敗! だってバラに2台だなんて思わないでしょうよ、普通は!! 神田はヲタクの聖地・アキバのスグ近くだよ? それなのに2台て!!
そんなわけで新台を取り逃したS先輩と俺は、神田の街を彷徨うことに。とはいえこの日は、5号機パチスロ第1弾の導入日。歴史的な日なのだ。ホールを何軒回っても、エヴァに空き台などあるワケがない。
あるワケないのだが………。
つづく
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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