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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2018.06.26
『下積み開始』~猪木自身~
エレベーターを降り、大きく息を吸った。
バイト経験は1度や2度ではない。
それでも初出勤は、どうしても緊張してしまう。
コートを脱ぎながら何気なく壁に目をやると、そこには「パチスロ編集部」の表札があり、一段と緊張が高まった。重要なのは第一印象だ。編集部の雰囲気は分からないが、出版業界はハードな仕事と聞いている。おそらく体育会系だろう。つまり、重要なのは挨拶だ。意を決し編集フロアに入ると、スグに深々とお辞儀した。
挨拶は明るく、元気よく――。
――「おはようございます!!」
ゴウン、ゴウン、ゴウン……
静寂の中、空調の音だけがかすかに聞こえた。不安に駆られ頭を上げると…編集部はほぼ無人。フロアにいたのは、たった2人だけ。大勢が殺伐とした雰囲気で締め切りと戦っている。そんな光景をイメージしていたが…。想像と違った景色に狼狽してると、フロアの隅に座っていた人物が立ち上がった。あの面接官である。
面接官「おはよう! 約束通り来たな」
――「おはようございます。今日からよろしくお願いします!」
面接官「よろしく。僕はM、この編集部の…簡単に言えば2番目に偉いヤツ。1番偉いのが、あの新聞読んでる編集長ね」
――「はい」
M氏「じゃあ、挨拶しに行こう」
この頃のパチスロ攻略誌といえば、まさにPSメディアの中心。まだ無料動画サイトはなく、攻略サイトもひっそり存在する程度だった。パチスロ攻略誌の中でも特に急成長を遂げていたのが、この編集部が作る大手三誌の1つ「H」である。その編集部を束ねる長ともなれば、相当怖い人物に違いない。
M氏「Tさん、今日から入った五十嵐くんです」
――「五十嵐です! よろしくお願いします!」
T氏「編集長のTです。こちらこそ、よろしくお願いします」
T氏は笑みを浮かべながら、深々とお辞儀した。怖さなど微塵もなく、腰が低いとさえ感じるほどだ。攻略誌の編集部は、想像していたほど地獄ではないのかもしれない。編集長への挨拶を終えると、M氏に連れられ休憩室へ向かった。 編集フロアには実機がそこかしこに転がっており、中にはワケの分からないケーブルが繋がっているものも。最新の人気機種「パチスロ北斗の拳」や「スーパーブラックジャックS777」も並んでいる。
M氏「やること終わったら適当に遊んでてもいいよ」
――「マジですか! ありがとうございます」
M氏「さて、今日は班のヤツらもいないし、とりあえず本棚の整理をしてもらえる?」
――「分かりました。あの…みなさんはどこへ?」
M氏「みんな打ちに行ってるよ」
――「え?」
M氏「日中は打ちに行って、夜仕事してんだよ」
――「そんなのアリなんですか?」
M氏「締め切りさえ守ってくれれば問題ないよ。さすがにキミは新人だから、しばらく10時~18時の定時で働いてほしいけど」
――「分かりました(天国じゃん!!)」
M氏「昼飯も好きなタイミングで食べに行っていいし、コンビニで買ってきてここで食べてもいい」
――「結構自由なんですね」
M氏「まあ、きっちり時間区切ってできる仕事でもないから」
――「なるほどですね」
会社としては10時~18時の勤務を推奨しているが、最新の情報を誌面に載せるとなると、どうしても深夜に作業するケースが出てくる。そのため締め切りさえ守れば、ある程度フレックスで構わないということだった。
初日は本棚の整理・雑誌作りの工程の勉強・先輩方への挨拶回りで終了。さすがにキツいと思うことは1つもなく、「ここなら生きていけそうだ」という感触を得た。
★突然の遠征
翌日の仕事はポジフィルムの整理からスタート。言わずもがな現代はデジタルカメラを使用しているが、当時はまだフィルムのカメラが主流。筐体やリール部分の写真はポジフィルムで保管されており、必要なものだけを集めてデザイン会社に送っていた。俺が入ってまもなくデジタルカメラに移行したけれど。
ポジフィルムの整理が終わると、今度はラフの描き方を教わった。ラフとは各ページの設計図で、写真や表の位置・大きさや、文章量などを決めていく。ちなみに正確には「ラフを描く」ではなく「ラフをきる」と言う。現代ではイラレ(イラストレーター)でラフをきるのが主流だが、攻略誌の編集部では、未だ手描きのところも多い。なにを隠そう、この俺も未だ手描きである。
このラフをきるのが物凄く難しい。慣れればフリーハンドで構わないが、パチスロは機種によってリールや液晶の縦横比が違うため、ある程度正確に計算して作らねばならない。雑に作ると、後々の校正段階で苦労する羽目になる。 新人なら1ページに1日以上かかることもザラだ。M氏は慣れているので、ものの1時間ほどで仕上げるらしい。この日は練習として架空のページ作りをしていたのだが……
M氏「キミさ、今夜って空いてる?」
――「……ええ、空いてますけど」
M氏「ちょっと愛知行ってくんね?」
――「え!? 出張ですか?」
M氏「そんな大ゲサじゃないよ。データ採りに行ってほしいんだ」
――「データ採り?」
コレだ! こういう「いかにもパチスロ攻略誌編集部」っぽいのを待ってたんです!
M氏「新しいイノキ知ってる?」
――「猪木自身ですね?」
M氏「そうそう。それが愛知に先行導入されてるから」
――「今夜出発ですか?」
M氏「そう、ここから車で行くから」
――「今夜か…」
めちゃめちゃ行きたい。でも……
(コンタクトレンズを外したい!!)
つい先日まで無職だった俺は、言わずもがな金がなく、節約のため1WEEK用コンタクトレンズを数か月連続で使っていた(※絶対にマネしちゃダメよ)。レンズの酸素透過性が著しく低くなっていたため、目の疲れは尋常ではない。しかし、新台を打つために遠征するなんてワックワクするじゃねーか! ……え~い!!
――「行きます!」
M氏「ヨシ! じゃあ今夜10時に駐車場集合ね」
――「分かりました」
M「編集の先輩3人とライター1人も一緒だから、分からないことはそいつらに訊いて」
――「ありがとうございます!」
★崖っぷち
午後10時――
駐車場で顔を合わせた先輩方は、初めてお会いする方ばかりだった。攻略誌の副編集長に、ベテラン編集部員が2人。そしてライターが1人。
この先輩ライター「U氏」はのちに超売れっ子となるが、それはもう少し先の話。俺が興奮したのは、むしろベテラン編集部員の「K氏」に対してだ。彼は編集部員ながら毎月誌面に露出しており、俺はそのページを欠かさず読んでいた。その憧れの人物が目の前に……というか、一緒に後部座席へ押し込まれてるし! 普通乗用車に定員ギリギリの5人。これで愛知まで!?
K氏「キミも大変だね。入って2日目で遠征なんて」
――「いえいえ。データ採り初めてなんで、書き方教えてください」
K氏「うん、簡単だからスグに覚えられるよ」
U氏「若いね、何歳?」
――「22です。今年23になります」
U氏「若っ! 最近なに打ってんの?」
――「スーパーブラックジャックですかね」
U氏「俺と一緒! 面白いよね~」
K氏「北斗じゃないんだ?」
――「Aタイプが好きなんで。Cタイプはちょっと」
U氏「若いのにオッサンみたいだね」
こんな調子でパチスロトークで盛り上がり、実戦店に着く頃にはすっかり打ち解けていた。実戦店は並び順。すでに先客が何人かいたが、彼らはメインコーナーである「シオサイ-30」のシマへ!
U氏「あのシオサイ…」
K氏「昨日の出玉ランキング、シオサイばかりだったね」
U氏「これもうイノキ打ってる場合じゃねーぞ」
副編集長「お前ら何しに来たんだよ! さっさと回せ」
U氏・K氏「はい、すみません」
編注:メーカーと裏モノは一切関係ありません
そしていよいよ、猪木自身のデータ採りがスタート!
▲「アントニオ猪木自身がパチスロ機(平和)」
人気機種「アントニオ猪木という名のパチスロ機」の正統後継機で、2004年の年明けに登場したオーソドックスなA+AT機。AT「闘魂チャンス(TC)」はシングルのナビ回数管理で、ナビ回数は5回・10回・20回・50回・100回の5段階。1Gあたりの正確な純増は不明だが、ナビ5回で80枚程度を獲得できた。
もちろんTCには連チャン性があり、初当たり1回での最大連チャン数は30連。その連チャンの間の潜伏演出や、ナビ回数を跨ぐ際のBETのアツさが、多くのプレイヤーを魅了した。 また、REG+BIG+TC9連以上が約束されるプレミア「チャンピオンロード」も搭載。「道演出」発生時、猪木が詩を朗読すればチャンピオンロード確定だった。 |
やってやる! ド派手なデータを採ってインパクトを残すんだ!!
数時間後――
トイレの手洗い場で涙を浮かべる俺。
実戦前は一万円札が7枚あったが、今は千円札6枚を残すのみ。そして追い打ちをかけるように、コンタクトレンズも限界を迎えている。元は綺麗な円形だが、外して観察してみると、形が大きく歪んでいた。ずっと着けっぱなしだったため、乾燥して変形してしまったらしい。コレがないと視力は0.1未満。もはや実戦など不可能だ…。
え~い! こうしてくれるわっ!!
トイレのゴミ箱に片方のコンタクトレンズを放り込み、猪木自身のシマへ。そして先輩のK氏に相談した。
――「残金が6Kになりました。あとコンタクトを捨てたので、片目しか見えません」
K氏「満身創痍だな。総ゲーム数はどれくらい?」
――「5400Gくらいですね」
K氏「それくらい回せば十分。もうヤメていいよ」
――「ホントですか!?」
ぶっちゃけてしまうと、この6千円が「給料日までの純粋な全財産」だった。ちなみに編集部員であれば、編集部から「攻略費」を借りられる(ライターは対象外)。負けても実戦データさえ提出すれば返済の必要はなく、勝った場合は浮いた分も含めて編集部へ返す……というルールである。
しかしながら当時の編集部員はみなパチスロが達者で、攻略費を借りる人などいなかった。むしろ「借りたら負け」、「借りるは恥」みたいな雰囲気すらあった。俺もついついイキって「自腹でダイジョブっすよ!」と言ってしまったのである…。
K氏「5000G回ってたら問題ないよ」
――「では…ひと足お先に離脱します」
実戦データは必ず5000G以上。 5000G未満は実戦データとして認めない。 それがかつての編集部の鉄の掟だった。
K氏「みんなも設定1みたいだから、もうすぐヤメるよ」
――「せっかく愛知まで来たのに」
K氏「先行導入ってだけで、イベントじゃないからね」
――「そうですね」
K氏「適当に待っててよ」
――「分かりました」
こうして俺の初めてのデータ採りは、満身創痍で戦線離脱という情けない結果に。良いところを見せるどころか、ノルマを達成するのがやっとだった。この日の俺は「働いたのにお金が減ることもある」ということを、生まれて初めて知ったのだった。
ここからは余談になる。
先輩方を待っている間、羽根物の「新道路工事DX」で2千円を使ってしまった。当時は低貸しもスマホもなかったため、ヒマつぶしの手段が羽物しかなかったんですわ…。なお、編集部の給料が入るのは2ヵ月後。つまり俺は、残金4Kで2ヵ月を過ごすことになったのである。コンタクトも片目の1つのみ。
まさに「崖っぷち」だった。
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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