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元・ホール店長カタギリのしくじり店長
2016.01.13
しくじり店長・第9話
退職届。
安物の茶封筒の表に最後の三文字を書き終えると、
それを玄関の靴箱の上に放り投げて部屋を飛び出した。
封筒の中身はたった一枚の紙きれ。
「今までお世話になりました」という誰もが失望するであろう、
自分勝手な短い言葉だけを書き記した。
最後の言葉は、ただそれだけだった。
あの置き手紙の封を開いたのはいったい誰だったのだろうか。
今はそれさえももう、わからない。
初めて手渡されたパチンコ店の黄緑色の制服に、
「ちょっと派手なバッタみたいだな…」
などと考えながら袖を通した日から数えて約1年。
最初は楽しかったはずの仕事をこんなにも苦痛に感じるようになったのは、
いったいいつの頃からだっただろう。
月に5日しかない公休日。
週に1度、朝の7時から日付が変わるまで仕事をする通し勤務。
1日中、玉を運んだり拾ったりする単純作業。
声を枯らしながら叫び続けたマイクパフォーマンス。
そして、一人また一人と去っていった仲間たち。
自分のいるべき場所から離れて行く電車に揺られながら、
窓の外に流れる景色を見つめながら思い出すのは辛い思い出ばかりだった。
そしてその日の午前9時過ぎ。
私はいつものようにお客様を迎え入れる立場としてではなく、
一人の遊技客としてパチンコ店の入り口に並んでいた。
仕事を投げ出してまでも打ちたかった最新スロット台の名は、
エレクトロコインジャパン(現:エレコ)の「トリプルウィナー3」。
そう、
私が専門学校を中退して打ち狂っていた「チェリーバー」、
その名機を生みだしたメーカーが世に放った4号機の第二弾である。
この台がいよいよホールデビューすると知った時の喜び、
そして日に日に大きく膨らんでいく期待。
もうすぐ、会えるのだ…!!
シャッターが上がると同時に自動ドアのスキマに身体をねじ込み、
一目散に愛する人の元へと駆け寄った。
彼女も私との再会を待ち焦がれていたかのように1ゲーム目、
中リールを強烈にスベらせて右上がりに白7をテンパイさせた。
もはや言葉など必要ない。
鮮やかに並んだ純白のスリーセブンと祝福のファンファーレ。
これこそまさに私が望んだ瞬間なのだ…!
その日から私は彼女の虜になった。
パチスロ史上はじめて「3種類のビッグ絵柄」を採用していた彼女は、
赤7・白7・紫7それぞれに違ったファンファーレで祝福してくれた。
そして多彩な魅惑のリーチ目に私の心は完全に奪われた。
設定4でようやく100.1%という厳しい出率、
そのドS極まりない態度に何度も振りまわされた。
初日こそモーニングから出玉を伸ばし、
最終的には3,000枚オーバーという形で愛を確かめ合った二人も、
日を重ねるにつれ笑顔でいられることが少なくなってしまった。
そして彼女との夢のような逢瀬が終わると、
完全に職場を放棄してしまったという現実に引き戻される。
一日中、愛を語り合った後は深夜に一度は飛び出したはずの寮に戻って、
誰にも気付かれないよう部屋の灯りをつけずに床で眠りにつき、
翌日の早朝にまた部屋を出て彼女に会いに行くという日々。
・・・自分でも書いていて嫌になるようなクズ・オブ・ヒューマンな生活。
江戸時代だったら即刻、切腹を命じられていただろう。
「さすがにこのままじゃマズいだろ…」
はぐれ忍者のような生活を7日間ほど続けた夜、
暗闇で息を殺しながらようやく冷静さを取り戻した。
そして3月も終わりに差しかかろうというある日の朝、
私は覚悟を決めて元の職場へと向かった。
まずは店長を始めとしたスタッフ全員に頭を下げてしっかり言葉で謝罪をしよう。
その上で改めて今までお世話になった感謝の気持ちを伝えよう。
その決意を胸に事務所のインターフォンを鳴らすと、
おそらくは事務所でその様子を見ていたのであろう、ヒロタ店長の声が聞こえた。
「…カタギリか。 そこで待っちょれ」
ある程度の予想はしていたものの、
私が店内に足を踏み入れる事は許されなかった。
冬眠を妨げられた熊のような気だるい雰囲気で事務所から出てきたヒロタ店長は、
苦虫を80匹ぐらい噛み潰したような表情をしながら私を睨みつける。
怒鳴りつけられるだろうか、
いや、ブッ飛ばされても仕方ないな…
という恐怖で身動きひとつ出来なかった。
しかしヒロタ店長は眉ひとつ動かさないままで、
「…退職届ちゅうんはな、ちゃんと人に手で渡すもんじゃ」
とだけ言うと、
険しい表情のままで私の右肩にポンと手を置いた。
そして次の瞬間、
大きな白い歯をむき出しにした満面の笑顔を見せてくれたのである。
叱咤の代わりに向けられた、餞別代わりの最後の笑顔。
それは両手からこぼれ落ちそうなぐらい大きな花束のように、
私には受け止めきれない優しさと厳しさに満ちた贈り物だった。
店長の大きな背中が事務所に消えていった瞬間、
私は嗚咽を堪えるかのように両手で口を塞ぐと、
脳裏に次々とこれまでの記憶が蘇ってきた。
剛掌破ぐらいなら片手で出せそうな肉体を持つツチダマネージャーが、
ダラダラとした態度のスタッフ全員に喝を入れたあの日の怒号。
その声はもう、聞こえない。
常に冷静沈着だったシライ主任が社員旅行で見せた、
コンパニオンの尻を触ってデレデレになっただらしない姿。
その緩み切った笑顔ももう、見られない。
ニワトリの親玉みたいなリーゼント頭の前・寮長ことトキタ班長の、
「カタギリてめぇ、寮でセンズリばっかコイてんじゃねぇぞ!?」
という品の無いコミュニケーションスタイル。
それに言い返す言葉さえも届きはしない。
そして私の兄貴分でもあった歯が6本しか無いニッタ班長の、
ミスをした私を怒鳴りながらお見舞いしてきた脇腹への強烈なパンチ。
その痛みすら、もう感じることができないのだ。
本当にどうしようもないな、私は…
既にいなくなってしまった仲間たちと同じように、
全てを投げ出して逃げてしまうのは実に容易い。
だがそれは同時に、
乾いた砂に水を含ませて懸命に築きあげた信頼という名の砂の城を、
一瞬にして自ら崩してしまう事と同じなのだ。
後に残るのは裏切り者になってしまった自分に対する軽蔑、
そして迷惑をかけてしまった多くの人たちに対する懺悔の気持ちだけ。
残念なことに自分のことしか考えていなかった私は、
そんな大事なことに気付けなかったのである…。
1年間お世話になったホールを背にして、
私はきっと顔をクシャクシャにしながら歩いていたことだろう。
いつの間にか降り出した雨はまるで戒めのように、
傘を持たなかった私の身体を少しずつ重くしていった。
頬を打つ春の雨には微かな温もりがあったような気がしたけれど、
そんな優しささえも鬱陶しくて仕方なかった。
学校を中退してひきこもりになった後にようやく手にした、
いや、与えられたパチンコ店のホールスタッフという仕事。
それを自ら手放した上に感謝の言葉すら告げずに逃げ出した愚か者。
少しだけ濁ってしまった私の眼からはとめどなく涙が溢れて、
自分が今この世界のどこを歩いているのか、
この先の道はいったいどこへ向かっているのか、
それすらもわからなくなる程に視界を歪めてしまった。
「ここは今どこで、これからどこへ向かえばいいのだろう?」
いつしか見知らぬ景色の中で立ち止まってしまった私は、
迷い道の途中で次の一歩を踏み出す勇気を失った。
だが降り続く雨の中では周りを見渡しても、
その声をかける相手が誰も見つからなかったのである。
【カタギリ・今週の1枚】
奇才・貴方野チェロス氏の自宅で彼女(トリウイ3)と再会。
人妻になってますます綺麗になったね、君は… ←もはや病気
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- 元・店長カタギリ
- 代表作:しくじり店長
シルバ〇アファミリーみたいに小さなパチンコ店の責任者から一転、 雑巾がけがメインの業務となってしまった事務員へとグレードダウン。 そんな設定①のスランプグラフのような半生を、隔週水曜日に連載させて頂いております。 タイトルは「しくじり店長」。 パチ屋の店長が平社員へと降格していく逆サクセスストーリーを、 海物語シリーズの泡リーチを見つめるような気分でお読みください。
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あ、ありがとうw
次回更新は27日の水曜日です!
ニーナは水商売の日と覚えてね!
…うん、
昨夜のお酒、まだ抜けてないわ。
終わり(=゚ω゚)ノ
辛い経験や苦い記憶が無いと、人には優しくできませんからねぇ…
そして強くもなれませんからねぇ…
そして、
「終物語」もとっくに終わってしまったので、
そろそろプロフ更新しないとダメですねぇ…w
とは言え辛いもんは辛いですけどね...
そして、
ふう...今回も読み応えあったな...と
コメント欄にスライドする時、
必ず目に飛び込んでくる
「せんぷうがだよ!」www
ありがとうございます!
トリプルウィナーに限らずとも初期4号機の低設定の辛さはハンパなかったですからね。
そこに低交換率が加わると、
ボッタ店無双になりますw
今になってみると、この職場の上司って全員が漢気のある素晴らしい人ばかりでしたね…
それに気付けなかった自分が悲しいです。
…ま、
ガラの悪さも抜群でしたがw
ありがとうございます!
大切なものは、失った後にしか気付けない。
この時にハッキリとわかったハズなのに、
私はその後もいろいろやらかしてしまいます。
…いかん、
いろいろまた思い出して目から汁が…w
このぷるんと可愛い形の7に何度痛い目に、、、、
おっと
元カノの事を悪く行ったらアカンねw
面白かった!
人の人生読むのは面白い。
そして流石の文才w
昔退職届出そうとした時、上司に笑顔で破り捨てられたのを思い出しました。
いろんな人がいますよねぇ…
喪失感がえらい伝わってきます
経済的な損失からくる不安感や、近しい人間との別れによる孤独感
伝わってきます
店長の最後の対応も大人の男そのもので、余計に泣けます
カタギリ先生の文章の力強さはホンマモノですわ!