しくじり店長・第10話

元・店長カタギリ元・ホール店長カタギリのしくじり店長

平成７年、初夏。

雨の日も風の日も多い日も、私はパチンコ店に足を運んでいた。

月曜日から土曜日までは午前10時の開店時刻に。

そして日曜日はバラエティ番組の増刊号を観てから、

マルボロの煙を吹かしつつ昼過ぎにブラリと。

もちろんそれは店員としてではなく、一介の客として。

もう、班長から飛んでくる脇腹への蹴りを恐れることもない。

重いドル箱を抱えて腰を痛める心配も無用だ。

「…この連載、いつになったらパチ屋の店長の話になるの？」

そう思われるかも知れないが、もう少しだけお付き合い頂きたい。

私がどういった生活を経て、再びパチンコ業界に戻ったのかを。

理解を求める訳ではない、知ってもらえるだけで構わない。

反面教師として誰かの役に立てることが、一番ありがたい。

まずはこの頃、毎晩のように襲ってきた化物の夢について語ろう。

舞台はまるで中学生の頃に熱中したビデオゲーム「魔界村」のような、

空が漆黒の闇に覆われた禍々しき異世界。

私は反社会的組織の金庫から大金でも持ち出したのだろうか？

あるいはムチムチ女子大生の住むアパートのベランダから、

キャミソールでも失敬してしまったのだろうか？

理由はサッパリわからないが必死の形相で猛ダッシュしていた。

そんな逃亡者に裁きの鉄槌を下そうとする悪魔の使者。

私は迫り来る、文字通りの魔手から逃げ惑うばかり。

やがて全身に無数の眼球を持つ異形、

その赤銅色の腕から伸びた、鋭利な刃の如き爪が、

私の右肩を容赦無く貫き通す。

溢れ出す血液、遠退く記憶。

そして誰かの声が聞こえる。

「オマエハ、ナニモノダ？」

あれは果たして、どちらの言葉だった？

化物の最後の問いかけか、あるいは遺言代わりの自問だったのか。

…こんな夢を、ほぼ毎日のように見ていたのだ。

目覚めると寝小便でも漏らしたのかと不安になるぐらい、

寝汗ビッショリ、下着グッショリのセクシー女優気分。

寝起きにも関わらずグッタリと疲れた「脱力系男子」の出来上がり。

ついでに言えばこの頃は、

「将来はリッチな美熟女の養子になりたい」と真面目に考えていた。

そう、脳味噌も脱力していたのである…。

そんな腑抜け状態であるにも関わらず、パチンコ屋の開店時間が近付くと、

ランドセルを買ってもらった6歳児のように瞳をキラキラと輝かせる男。

それがチャンピオンシップダメ人間ことカタギリ君。

「今こそ仕事漬けの日々で溜まった煩悩ストックを放出せよ」

という心のミッションモード（人間成長期待度…★☆☆☆☆）に、

何の疑問も不安も無く従うだけの毎日。

パチンコのハンドルさえ握ってしまえば、悪夢など記憶の彼方である。

幸いにして（あるいは不幸にして）、

店員時代に寮生活をしていたお陰で、些少ながら金銭的余裕があった私は、

スクラップ寸前のロボコップよろしく朝9時キッチリに起床すると、

そのまま寝癖も直さず無精ヒゲも剃らず瞬きもせず（紡木たく先生）、

公務員のようにキッチリとホールへ直行していたのである。

毎日どこを切っても「ダメ人間」という文字が断面図に浮かぶ、

溢れ出す三大欲求に正直に生きた、金太郎アメ生活。

惰眠を貪り、脂肉（ケンタッキーとか）を食い散らかし、

ドスケベ漫画を爽やかなスマイルと共に購入し、

「CR冒険島」の新装で1回もスーパーリーチに発展せず、

3万円を失ってカサ地蔵みたいな顔をしながら帰宅しても、

翌日にはまた朝からパチンコ台の前に座っているクズ野郎。

もしも私がバック・トゥ・ザ・フューチャーの主人公だったら、

デロリアンに乗って1995年当時の自分を固めの棒でブン殴りたい。

そして母に断言します。

「アンタの息子は20年後も、ほとんど成長していませんよ」と。

…もうおわかりでしょう、

恥を忍んで言いますが、私はこの当時、完全にパチンコ依存症でした。

来る日も来る日も得体の知れぬ不安を誤魔化すようにハンドルを握り、

大当りの瞬間に「まだ神様に愛されている…」という安心感に浸り、

1日を終えた夢の中で、化物に襲われる日々を繰り返していたあの頃、

パチンコ店に通うことだけが生き甲斐になっていたのです。

そしてパチンコで負けた日は悲惨なもので、

自分が地球上で最も孤独な人間だ、

道を踏み外したこの世界で不要な人間なのだ、

ならばもはや人の姿である必要すら無いだろう、

バブルスライムBとかでいいじゃない、

こんな中二男子のようなことを、真顔で考えていたのです。

それでもまた浅い眠りから覚めた翌朝、

気付けばパチンコ店のシャッターが上がるのを待ち続ける自分。

誰もが平等な立場で不平等な結果をもたらす遊技台と向き合う、

騒音と紫煙の渦巻く雑多な空間。

自らの存在を許される場所があるとするならば、

それはもはやパチンコ店だけだったと思いこんでいたのです…。

そして追い打ちをかけるようにこの年、

ユニバーサルから販売された「クランキーコンドル」がホールデビュー。

当初は「ニューパルサー」同様の大量リーチ目マシンと判断され、

可も不可も無く、といった稼働状況に甘んじていたコンドル君。

彼が後にとんでもない技術介入機であったことが専門誌上で公表されると、

瞬く間にトップクラスの稼働を誇る、人気機種へと躍進したのである。

変則押しによって小役ゲームを引き延ばし、

成立したフラグは目押しを駆使して根こそぎ奪い取るという、

己の技術が収支に容赦なく反映されるゲーム性は、

目押し自慢の若い世代の圧倒的な支持を得た。

そう、この時代を境としてパチスロブームは一気に加速したのである。

またそれは結果として当然のように、多くの人生を狂わせてしまうのである。

私も当然、その例外ではなかった。

コンドルで手にした小銭を、爆裂スペックのCR機にブチ込んでの大勝負。

そんな立ち回りはいつしかホールに対する精神的な依存から、

遊技機に対する執着へと形を変えてしまったのだが、

いずれにしてもホールに通い詰めることに変わりは無かった。

「とにかくコンドルが打ちたい…

上段に青７がテンパイする瞬間を見たい…

ビッグ確定目からコンドルを揃えてファンファーレが聞きたい…」

負け続けてしまえば、目覚めは早かったのかも知れない。

ところが、ある程度の目押し力で中途半端に勝ててしまったばかりに、

ズルズルと引きずってしまったパチンコ生活。

目線の先は、回転し続ける3本のリール。

そして金色の縁取りが鮮やかな、流線形の青い７図柄。

将来など、まるで見つめていなかった。

「明日もコンドルで勝った後は、何を打とうかな…」

頭の中で、そんなことだけを考えて眠りにつき、

相変わらず化物に追われる夢を見続けていたのである。

「オマエハ、ナニモノダ？」

その答えを、探す気にさえならなかったのだ。

【カタギリ・今週の1枚】

平成7年といえばアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」放送開始の年。
そして写真の漫画版エヴァの第一巻が発売された年でもあります。
「将来、子供が産まれたら女の子には玲（レイ）もしくは明日香（アスカ）、
男の子だったら論義濡須（ロンギヌス）と名付けよう」
…そんな事を考えているうちに、20年以上の歳月が流れてしまいました。

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この記事へのコメント（16 件）

元・店長カタギリ: 投稿日：2016/01/28; 天井くんさま。

コンドルが無くなってからパチスロ辞めた、って人は私の世代にも多いんスよね。
で、
そこからヤメられなくなった人がズルズルとｗ

私はそれ以前から打っていて、コンドルが無くなってからも打ち続けていましたが、
打ち始めがコンドルだったらどうなっていたのかなぁ…

ま、
いずれにしても人生はそんなに好転していない気がしますわｗ

元・店長カタギリ: 投稿日：2016/01/28; ナス夫さま。

もしもパチンコがヒットしなかったら「新劇場版」の展開は無かった、
そう考えると非常に感慨深いッスね…

元・店長カタギリ: 投稿日：2016/01/28; 大滝次郎さま。

んんんんん…

カ、
カレー職人！？　　←苦し紛れで出た謎の回答

元・店長カタギリ: 投稿日：2016/01/28; みさおんさま。

番長は難しい台ですからねぇ…
ま、
若いうちに授業料を納めておくと後で苦労しないから、結果オーライなんじゃないかな～？

元・店長カタギリ: 投稿日：2016/01/28; 咲夜　一咲（サキヤイッサ）さま。

裸見得瑠（ラミエル）とかでも良かった気がしますが、
いずれにしてもキラキラしていますなｗ

元・店長カタギリ: 投稿日：2016/01/28; 長門龍希さま。

魔界村ってメッチャ難易度の高いゲームだったんスよね、当時。
少ないお小遣いをレッド有馬なんちゃらに持って逝かれてましたね、
中学生時代は。
思えば既に、この頃からダメ人間の道は約束されていたような気がｗ

天井くん: 投稿日：2016/01/28; 私もコンドルで人生を間違えました。( TДT)

ナス夫: 投稿日：2016/01/27; もうエヴァって20年前のアニメなんですなぁ…

あ、今でも中毒者です
これからも

大滝次郎: 投稿日：2016/01/27; 私は…何なんでしょうね
うーん…

: 投稿日：2016/01/27; 砂肝カタギリ健ちゃんさんへ。

お恥ずかしい話しなのですが、私もパチスロ中毒でした。
丁度3年くらいになりますが、ホールで番長2に出会ってから操の君のwind songが聴きたくて毎日行って給料を全額擦ってました泣

懐かしいなぁ…

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元・店長カタギリ: 代表作：しくじり店長

シルバ〇アファミリーみたいに小さなパチンコ店の責任者から一転、雑巾がけがメインの業務となってしまった事務員へとグレードダウン。そんな設定①のスランプグラフのような半生を、隔週水曜日に連載させて頂いております。タイトルは「しくじり店長」。パチ屋の店長が平社員へと降格していく逆サクセスストーリーを、海物語シリーズの泡リーチを見つめるような気分でお読みください。