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もし生まれ変わってもまたパチンコを打つだろう、と彼は言った
もし生まれ変わってもまたパチンコを打つだろう、と彼は言った
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栄冠の帝王わたぼうさん
大学生→無職にジョブチェンジしたなにわパチンカス。パチンカスで物書き志望。 楽しく勝つがモットー! と言いつつも、期待値のためならなんでも打つヨ! 2014年年間収支:-216.8k 2015年年間収支:+1529.84k 2016年年間収支:+1383.23k 2017年年間収支:+2064.58k 2018年年間収支:+1167.53k 2019年年間収支:+1612.50k - 投稿日:2019/12/08 18:25
12月某日:大阪梅田近郊にて、そのインタビューは厳かに行われた…。
インタビューするやつ:わたぼうプロ(パチンコ歴5年、パチスロ歴4年。年間収支5年連続プラスを継続中だけど早起きが苦手で朝の並びも苦手なゆるゆる立ち回りが特技)
インタビューされるやつ:U氏(わたぼうプロの大学時代からの友人でパチンコの師匠的存在。大学時代はジグマで荒稼ぎしていた)
平日ど真ん中、大阪の中心地梅田の商業施設の一角のちょっとお高めな飲み屋にて、パチンココミュニティサイト史上に残るインタビューが行われようとしていた…。
わたぼうプロ(以下わたぼう):いやぁ、お仕事お忙しい中お疲れ様です。今日はもう終わりました?
U氏(以下U):どうもどうもw。このあと家に持ち帰ってしますよw
わたぼう:相変わらずの社畜ぶり、さすがですw。ではまず乾杯しましょう乾杯。ぼくこの…桑の実のサワーで。
U:じゃあぼくは角ハイボールで。
~~すぐにオーダーしたドリンクが運ばれてくる~~
【始まりのパチンカー】
わたぼう:では乾杯。早速ですが自己紹介お願いできます?
U:どうも、Uです。ITベンチャー企業勤務の社畜です。わたぼうプロとは大学時代からかれこれ8年くらいの付き合いですかね。
わたぼう:U氏はぼくにとってパチンコの師匠でもあり、この修羅の道に引きずり込んだ諸悪の根源なんですけども…。今は会社勤めですが、大学時代は地元で鳴らした腕利きのジグマプロだったんですよね。そんなU氏が初めてパチンコに触れたのっていつ頃か覚えてます?
U:記憶にある限りでは、幼稚園か小学生の初めの方だから今から20年前くらいですかね。
わたぼう:早っ。当時はまだ4号機ですかね。ホールですか?
U:ホールですね。自分の父親がパチンコが好きな人で、今もたまにいっしょに行くんですが、当時はまだゆるい時代だったので大人といっしょに子どもがホールに入っても大丈夫…ではないけどまあ大丈夫だったんでしょうね。
わたぼう:英才教育始まってますねぇ。最初に打った、というか触れた機種って覚えてます?
U:山佐のパルサーですね、4号機の(1993年登場の山佐初の4号機)。勝手にカエルを下段に狙って店員さんに注意されたのを覚えてます。
わたぼう:年齢1桁にして早くも目押しを覚えようとしている…。完全にDNAレベルで始まってますね…。しかしまだ子どもも子どもなので本格的にホールデビューするのはまだ先だと思うんですが、U少年はどうやってパチンコ街道を突き進んで行ったんですか?
U:小学生時代に家の近くにセガのゲームセンターがありましてね。そこでメダルゲームにハマったんですが、メダルをしこたま貯めこんでいたところ、流れでゲースロにも手を出しまして。
わたぼう:早くも貯メダルの概念を理解している…。ゲースロの機種とか覚えてます?
U:旋風の用心棒やサラリーマン金太郎(ともにロデオ、2003年)、バーサス(アルゼ、1998年)、ミリオンゴッド(ミズホ、2002年)、ルパン三世(オリンピア、2000年)、サンダーV(メーシー、1997年)とかですね。
わたぼう:めっちゃ覚えてて草。その記憶力が後の期待値稼働とかにも生かされているんですかね…。当時システムとか理解しながら打ってたんですか?
U:なんとなくわかってましたね。ふつうに楽しく打ってました。
わたぼう:ぼくは4号機は触ったことないのでちょっとうらやましいです。その後もゲーセンに通い続けるんですか?
U:いや、中学生になったくらいで実家にパソコンがやって来たんですよ。その辺からオンラインゲームにハマったので、ゲーセンにはあんまり行かなくなりましたね。
わたぼう:ほうほう。ちょっと脱線しますが、当時やってたゲームとか覚えてます?
U:フリフオンライン(2004-2017)やタワーオブアイオン(2009-)、TERA(2011-)、FF14(2013-)とか、あとはFPSが好きだったのでスペシャルフォース(2006-)やカウンターストライク(2000-)にサドンアタック(2007-2019)なんかをやってましたね。
わたぼう:完全に世代がバレるというか、わかる人にはわかる感がすごいですね。じゃあ高校時代もそんな感じで過ごしてたんですか?
U:高校時代のことは話したくないです。
わたぼう:あ、はい(注:U氏は高校が男子校で黒歴史だと思っている。当時の同級生とも連絡とったりしてないそう)。
~~閑話休題~~
【いざホールデビュー】
U:で、18歳の誕生日当日か翌日に父親がホールに連れて行ってくれたんですよ。
わたぼう:唐突に話戻してきましたね。でもその話詳しく。
U:当時も今もですけど、ぼくの父親はパチンコ好きな人でいわゆるエンジョイ勢で、ぼくがゲースロとか打ってたの知ってたので、18歳になった途端に「じゃあ行くか!」って感じで連れて行ってもらいましたね。
わたぼう:なるほどなるほど。ちなみに行ったホールってのはこのあとに出てくると思うんですが、ぼくも行ったことあるM店ですか?
U:M店(大阪にある某法人チェーンの店舗)ですね。
わたぼう:やはり。後にアラジンAⅡ(サミー、2015年)を大量導入して盛大に爆死したM店ですねw。ちなみに打った機種はわかります?
U:CRびっくりぱちんこ爽快水戸黄門2(京楽、2010年)ですね、MAX機の。ホールで打つのは初めてなのでお札入れるサンドを間違えたりしました。
わたぼう:あるあるですね~。スロットは何でした?
U:むかし打ったのもあって、やっぱりカエルでしたね。ニューパルサー3(山佐、2009年)でした。そういうのもあってパルサーシリーズはずっと好きなAタイプです。
わたぼう:愛着あるの良いですね~。ところでパチンコはビギナーズラックとかあると思うんですが、初打ちは勝ちました?
U:ふっつーに負けました。
わたぼう:ぼくも初打ち負けたのでやっぱビギナーズラックとかないな、うん。
U:そこからは半年間くらい父親といっしょに打ちに行く感じでしたね。お小遣い半分、父親から半分出してもらうみたいな感じで。
わたぼう:親子で連れ打ち良いですねぇ。
U:まもなく大学に入学するわけですが、まだまだエンジョイ勢で大学も1年目とか忙しいので月に1回くらい打ちに行って年間10~15万くらい負けてました。
わたぼう:なるほど。ちなみに当時よく打っていた機種とかありました?
U:CRルパン三世 World is mine(平和、2012年)ですね、MAXの確変機のやつで。これがめちゃくちゃ好きでひたすらに打ってました。今でも最高の名機だと思ってます。
わたぼう:その話100回くらい聞いてますw。ちなみにスロットは?
U:ツインエンジェル3(サミー、2011年)をしこたま打ちました。マイスロの機能に嫁カスタムがあって、カスタムすると連続演出とかフリーズも嫁のやつに変えられたので、嫁フリーズが見たくてずっと打ってました。当時低貸しで置いているホールがあったので、開店から行って終日1万Gとか回したりもしてました。
わたぼう:素晴らしきエンジョイ勢の楽しみ…。低貸しで好きな台打つのってなんであんなに楽しいんでしょうね。
【期待値の芽生え】
わたぼう:ここまでほとんど期待値の話出てないですけど、初めて期待値を意識したのっていつですか?
U:さっきも言ったんですが、ルパンのWorld is mineを打っていたとき、隣のおじいさんがやめていったんですけど、液晶でレインボーのステージで不二子が踊ってたんですよね。World is mineには潜伏確変が搭載されてたんですけど、当時は潜伏は「当たったのに連チャンに入らないけどまたすぐ当たるゾーン」くらいの感覚だったので、おそるおそるその台に移動したのが期待値を初めて獲得した瞬間かもしれません。
わたぼう:なるほど。そこからすぐに期待値稼働に?
U:いやまだですねぇ。そのあと家に帰って調べてはしたんですけど、そのあとはしばらくレインボーの不二子ステージを探して徘徊してましたw
わたぼう:そんなにめったにあるはずもない潜伏を探して練り歩いてたんですねw(注:World is mineの低確率は1/394.2で初当たり時の26%が潜伏、高確率1/39.5で以降21%が潜伏ループする)。
U:若気の至りですねw
わたぼう:それでそこから期待値稼働に目覚めるわけですか?
U:やっぱりまだエンジョイ勢だったわけですけど、当時別にバイトもしてなかったし、お小遣いも月5000円とかだったんで、どうしてもお金がなくなってくるわけですね。なのでどうにかして勝てないかを調べると、ボーダー理論と技術介入に行きつきました。
わたぼう:当時U氏はパチンコメインだと言っていたのでまずはそこにたどり着くわけですね。まあ技術介入ってもう書いちゃいますけど電サポ中の止め打ちでの増やしと捻り打ちでの増やしですよね。
U:ですね。ただ捻り打ちは難しいのもあって最初はボーダーより回る台を探して打つくらいの感覚でした。
わたぼう:ぼくがU氏の稼働で印象に残っているものに、ぼくがU氏のマイホに遊びに行ったとき、ギンギラパラダイス情熱カーニバル強ミドル259ver(三洋、2014年)でゴリゴリに止め打ちで増やしてるU氏がいて、ST機なのに早いサポ回数で当たると「(もっとハマれば)増やせたのに…」と首ひねってたことがありますw
U:www
わたぼう:当時他に打っていた機種ってあります?
U:超シャカRUSH(マルホン、2014年)で捻り打ちしてたらあの筐体のハンドル固くて、ぼくは大当たり中は下皿抜かないので捻り打ちが決まらなくてエラーメッセージ出しながら捻ってたら初めての白服カットインいただいたりですねw
わたぼう:超迷惑w
【鬼の期待値稼働時代到来】
わたぼう:この頃までパチンコ専門みたいな感じになってますが、スロットはどうですか?
U:スロットはまだ期待値意識してなくて、マイホは貯玉の再プレイ制限もあったので稼働がしづらかったんですよね。なのであんまりスロット打ってなかったんですが、バイオハザード5(エンターライズ、2012年)や戦国乙女~剣戟に舞う白き剣聖~(オリンピア、2013年)が設置してあって、その辺りの台で天井を意識し始めましたね。
わたぼう:ここに来て天井狙いを覚え始めたわけですね。
U:最初は天井に行ったら当たるんだなーくらいだったのが、天井狙いで期待値を稼ぐという風に意識し始めたのは2014年末くらいですね。当時大学を半期休学していてやることもなかったので、自然と足がホールに向かったわけですが気づけばその辺りで期待値稼働を始めてました。
わたぼう:大学生は大学行かないとやることないですからねw
U:ぼくは基本的にそのMというホールでしか稼働してなかったんですが、その翌年の3月に空前絶後のハイエナ機が登場したんですよ。
わたぼう:機動戦士ガンダムV作戦発動(三共、2015年)ですね。
U:ライトミドルの100%突入確変機なんですが、3回リミット機で潜伏しまくるのに加えて、1回右打ちに突入すればリミット到達でも時短100回が付くので引き戻しで連チャンに期待できる台でしたし、高確率は1/77.7と重いんですがリミット到達までは常に確変状態なのでデータカウンターを見れば潜伏かどうか一目瞭然でした。
わたぼう:当然店側も気づくので潜伏台には閉店時にラムクリをして朝一ランプを消したり、営業でも釘をシメたりすぐに減台したりしてたのでぼくはほとんど狙ってなかったんですけど、U氏はゴリゴリに拾いまくってましたよね。
U:マイホのMはたしか20台近く導入して釘もシメてもk/15くらいだったんですよね。大阪は28玉制限もあったのでそれを考慮するとボーダーはk/17くらいなんですが、潜伏時ははるかにボーダーが下がるのでだいたいリミット残り2回で3500円くらいの期待値があったので3、4台くらい拾えれば他の台も含めてそこそこの日当が見込めました。朝イチランプも対策されてませんでしたしね。
わたぼう:ジグマで稼げるのは良いですよね。ぼくは当時は色んなホールを移動して立ち回っていたのでちょっとうらやましくはありました。
U:当時はほぼ週に5、6日稼働でだいたい12時くらいにホールに着いて21時くらいまで打つっていうのを3、4か月やっていて、だいたい月収支30~50万円くらいでしたね。
わたぼう:お上手ですねw。それがしばらく続いたんですか?
U:4月になって大学に復学したんですが、そこで彼女ができたんですよね。
わたぼう:聞いてませんが?
U:彼女ができたんですけども。
わたぼう:そんなこと別にいま聞いてませんけども???
U:www。まあ彼女は別にパチンコ行かないでとか言わないタイプなのでそこは良いんですが、大学の授業とかもあったので週2、3日で月収支10~20万円くらいに落ち着きました。それがだいたい1年くらい続いたんですが、当時はゴッドイーター(山佐、2015年)やおとめ妖怪ざくろ(北電子、2015年)を打っていて、初めて月間収支100万円も達成したりしました。あとはもう撤去なので書きますが、バジリスク絆(エレコ、2014年)の0スルー稼げる理論を提唱して、前回前々回のテーブルを推測して高モードにいそうな0スルー台を打ってたりしました。
わたぼう:U氏は0スルーも浅めから打ってましたが、ぼくはそこにG数の保険もかけて250Gくらいから打ってましたが本当に稼げましたのでこれはガチですw
U:その翌年は就活もあったので稼働は抑えめでしたが、当時大阪はだんだんとイベントの設定狙いの時期に差しかかっていたのでわたぼう氏の地元のマイホの方に行って設定狙ったりしましたね。アステカ(エレコ、2016年)、ミルキィホームズ(ダクセル、2016年)、コードギアスR2(サミー、2016年)とかいっしょに打ちましたね。
わたぼう:打ちましたねぇ。ぼくのマイホでバジリスク絆の設定6ツモって万枚出したりしてましたね。
U:無事にいまの会社にも就職が決まって、翌2017年の4月から半年間は研修で名古屋にいたのでほとんど打ってなくて。11月から大阪に帰ってきてからいまに至ります。いまは主にわたぼう氏といっしょに特定日で設定狙いしたり、夕方からディスクアッパーになったりしてます。
【ジグマプロの軌跡】
わたぼう:じゃあここからはまとめ的なものになりますが、まずは好きなメーカーを教えてください。
U:パチンコなら京楽と平和、スロットならユニバーサルと大都です。
わたぼう:好きな機種はどうですか?
U:パチンコはやっぱりルパン三世のWorld is mineですね。圧倒的にカッコ良かったです。あとは仮面ライダーV3(京楽、2013年)や、現行機なら新・必殺仕置人(京楽、2019年)です。京楽のパチンコはやっぱり演出よく出来てるのが多いですね。スロットならやっぱりツインエンジェル3です。現行機ならギルティクラウン(エレコ、2017年)やディスクアップ(サミー、2018年)が楽しいです。
わたぼう:今度はちょっとプロっぽいことを聞きますけど、稼げた機種はどうですか?
U:パチンコならやっぱりガンダムV作戦やギンパラ強ミドル、あとは緋弾のアリア(藤商事、2014年)のミドルやコードギアス(京楽、2013年)とかです。あとは鬼の高期待値として名を馳せたミリオンゴッドライジング(メーシー、2015年)も稼がせてもらいました。
わたぼう:ライジングはかなりヤバい台でしたね。潜伏期待値2万円とかありましたもんね。
U:あれも200回転までは潜伏確定なのでデータカウンターで見ればわかりやすかったんですよね。スロットならバジリスク絆、ミリオンゴッド神々の凱旋(ユニバーサル、2015年)、アナザーゴッドハーデス(ミズホ、2014年)やゴッドイーター、攻殻機動隊(サミー、2013年)、サラリーマン番長(大都、2014年)とかですね。
わたぼう:ものすごく心当たりある機種というか、いまでも設置のある機種が多いですよね。今度は1日単位での最高勝ち額と最高負け額を教えてください。
U:まず勝ちですが、パチンコならCRぱちんこウルトラバトル列伝 戦えゼロ!若き最強戦士(オッケー、2015年)で5、6万発くらい出たことがあります。スロットは通算で万枚が2回あるんですが、ハーデスの導入初日に朝から打ちに行って、いま思えば明らかに設定1の台で1万800枚ほどと、わたぼう氏のマイホでバジリスク絆の設定6だろうという台で12000枚というのがあります。負けは金額で言えば10.7万円ですね。大阪の某店の特定日でハーデスに座って惨敗して、そのあと天龍→天下一閃→ジャグラー→餃子の王将→ひぐらし叫319verと打ち散らかしましたw
わたぼう:乱れ打ちがひどいw
【かつてのプロ時代を振り返って】
わたぼう:先に結論から聞きますけど、もし転生したとして、またパチンコ打ちます? さらに言えば期待値稼働しようと思います?
U:もちろんやりますね。4号機はゲーセンでしたけど、4号機、5号機、6号機と打ってきて、パチンコも10年近く打ってますけど、ずっと面白いですからね。それに厳しい時代になってると言ってもまだ稼げますし、スロットで言えばむかしはハイエナばっかりで設定なんて1とかばっかりだったのが、いまなら特定日であってもそうでなくとも高設定を打てるチャンスがあるじゃないですか。時代とともに状況も立ち回りも変化する中で勝つために動くのは面白いです。
わたぼう:U氏、本日はありがとうございました。
以上が今回のインタビューとなります。U氏とはいまでも週に1回くらいはいっしょに打ちに行ったり遊びに行ったりする中ですが、そのストイックな稼働ぶりは当時尊敬の念で見ていました。ぼくはジグマスタイルがあまり合わなくて当時は店移動を繰り返してましたからね。
なんだかんだと風当たりの強いパチンコ業界、またそのユーザーですが、たくさんの台があるようにたくさんのホール、たくさんのユーザーがいるわけですから、それぞれにドラマはあるはずなんですよね。ぼくもなんちゃってプロとしてやってますが、稼働は勝つか負けるかしかないわけですが、そこに至る道が色々とあるわけです。
それによって導き出される人生に刻まれた思い出の数々は、意外と馬鹿にできたもんじゃないと思うんですよね。
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