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私を(スロッカスに)育てたあの1台。
私を(スロッカスに)育てたあの1台。
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あぶらさん
俺たち仲良し養分スロッカス。 - 投稿日:2016/11/05 17:15
高校を卒業して友達に連れられて初めてパチンコ屋さんに行った。
そのときはたった数分で1,000円無くなる恐怖に僕は二度とパチスロを打たないと決意した。
でも、パチンコ屋という今まで踏み入れなかった境地にわくわくし、5スロをちまちま遊んでた。
しかし、それもあっという間に飽きパチンコ屋さんに寄らなくなった。
ある日友達から連絡が入る。
「代打ちをしてくれないか?」
暇だった僕は了承し、パチンコ屋さんへ向かった。
友達から代打ちをしてほしい台を聞いて座る。
「何だこの絵、ベルサイユの薔薇みたいやな。」
当時、目押しもできない自分にはどう打ったらいいのか分からなかった。
友達に聞くと、目押しが不要のこと。
当たれば赤いやつか青いやつを狙えばいいとのこと。
あと当たった後、?とか出たら赤を狙ってねとのこと。
そう、この台は今や全国のホールで主力となっているあの台の初代。
『バジリスク』
その日、何も分からない僕は適当に打って勝った。
そして次の日、興味が沸いた僕は一人でパチンコ屋へ。
打ち始めると色々なことに気づく。
ART中に右上に黄色の甲が止まればバジリスクチャンス。
ART中のバジリスクチャンスの映像がアニメなら継続。
当たったときに7ならART。
森が燃えてて勝ったらART。
などなど、打てば打つほどバジリスクの虜になった。
丁度、働き出して自分のお金ができた僕は、給料が出ればすぐに全額突っ込んでいた。
夜勤終わりに寝ずにそのままホールへ向かうことが当たり前になった。
当時、ニコニコ動画でバジリスク初代の実践動画があったので、開店までそれをみて予習をしてた。
着信も甲賀忍法帳にした。
仕事で職場に来てほしいと上司から連絡があっても、白バーを引いたからこの場から離れられないと思い、今はいけないと断った。(なぜか上司は自分が打ってた店に来て、今回だけだぞと笑顔で見逃してくれた。後日くっそ怒られた。)
ルーレット演出でフリーズ引けると思わなかったが、フリーズのとこで止まり、ビビッて積んでたメダルをばら撒いた。
ART1,000G消化でエンディング(だったはず。)を980Gで天膳にやられて涙した。
隣のおっちゃんがエンディングを知らず急に演出が始まったから、めっちゃ話しかけてきて、動揺した僕はナビミスをした。
人生で一番好きなパチスロ台。
私を(スロッカスに)育てたあの1台。
今ではⅡ、絆、3と後継機まで出るほど人気になった。
でも、やっぱり初代は超えれない。
あのBC中のリプ斬りは初代だけ。
ART中に7が揃うときの第一停止【7】バシィーン 第二停止【7】バシィーンときて、第三停止の【7】バシィーン… …の余韻を味わえるのは初代だけ。
バジリスク、あなたのお陰で今僕は立派なスロッカスになることができました。
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あぶらさんの
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このコラムへのコメント(4 件)
あの電話以降、スロット打ってるときの電話は常に恐怖です笑
社会人としての振る舞いを教えてくれた台でもあります!
というか。電話を出るポジションの重要性も学びましたな(笑)。
気づけばモリモリ増えてたのはいい思い出です笑
もう何処にもないんですよね。。。
やたらコインが増えるのが速く、
話題になっていたのを思い出しました(笑)。