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2、ある男性の稼働帰り
2、ある男性の稼働帰り
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おにぎり煎餅さん
ちょっとしたお話を書いていけたらなと思います。よろしくお願いします。 - 投稿日:2017/11/07 01:42
この物語はフィクションです。実際の人物、団体とは一切関係ございません。
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電車に揺られている。
ドアにもたれかかり、手すりにつかまって、
電車に揺られている。
正面には僕と同じくドアにもたれかかり、頭を垂れている男性がいる。
残業が長引いたのだろうか、ひどく疲れた様子。
体は常にゆらゆらしていて、
すごく遅いテンポのメトロノームのようだ。
僕は音楽の知識が乏しいため、
メトロノームおじさんが何拍のリズムを刻んでいるのか
知る由もない。
いや、知りたくもないな。別に。
しかし、その姿を見ているのはつらい。
大変そうだなと思うのはもちろん、
まるで電車で自宅のように眠るということが
僕にはできない。
周りの視線が気になってしまう。
見ていられなくて、
今度は背を車内に向ける。
窓に映った自分と目が合う。
ヒゲが生えてきてしまった顔。
クマが少しみられる目元。
短い黒髪の中に光る二本の白髪。
こちらも疲れているようだ。
ほら、こんな風にみられている。
こちらも見ていられなくて、
自分を無視して、車窓から外を眺める。
高架を走る電車からは、何棟ものマンションが見える。
縦一列に階段の灯り。
横一列に玄関の灯り。
規則正しく並んだその灯りは、
会社のような規律、組織、常識、そんな固いイメージを連想する。
息が詰まりそうだ。
苦しい。
存在するためには、そこから外れてはいけないような、
そんな息苦しさ。
でもきっと、同時にあの灯りたちは安心しているのだろう。
ルールを守りさえすれば、
周りと合わせていさえすれば、
存在が許されることに。
周りを伺い続ける僕と似ている。
同族嫌悪。
見ていられない。
諦めて、またドアに背を向ける。
ため息と同時に、口から今日の出来事がこぼれる。
ゴマンエンマケタ
そう。
五万円
負けた。
五万円
また負けた。
いやほんとさ、なんなの
なんで五万円も負けてるの。
なんで打ってるときに二万の時点で引けないの。
なんで打っちゃいけない台を打ってるの。
なんで四万負けてからの海の甘デジ打ってるの。
単発だったけど癒されたわ。
いや、それがダメなんだわ。
あぁ、今朝に戻りたい。
やり直したい。
そんなことを思う。
たぶん誰しもが思う。
あの時に戻れたら。
例えば、だ
仮に、今目の前に、
時間を一度だけ戻してくれる神様が現れたとしよう。
仮にだよ?
いいじゃん五万負けてるんだから、
妄想するくらい許してよ。
ん?誰に断っているんだろう。
どこまで、周りを気にしているんだろう。
たぶん前世は櫓だな。やぐら。物見やぐら。
生き物ですらないな。
はい、神様が現れたとします。
ぼん!
おおおお
電車内に神様が現れるとかすごい絵面だな。
時代が時代なら絵画になるシーンだぞ。
「時間遡行」とか言うタイトルで。
「受胎告知」と同じレベルな。
いやいや、吊革に頭当たってんぞ、神。
はい、現れたとします。
そこで言われるわけです。
「あなたが望む時間に一度だけ戻して差し上げましょう。」
はぁ?神かよ。神だったわ。
急にそんなことを言われたら、
普通信じないだろうし、怖くなるだろうけれど。
ここは妄想の世界。
僕にとって好ましい展開しか起こらない、
ご都合主義の僕主体の、夢物語。
文句を言うような人も
不平を言うような人もいない
そんな世界。
最高かよ。
ていうか、早く本題の願いを言えよ、僕。
前置きが長いわ。
パチンコの演出かよ。
上手い事言いました。
うまくねーわ。
詰まる。
いや大してうまくないことを自慢気に言ったことに
引いたわけではなく、
戻りたい時がスッと出てこない。
いや、まぁさっきは今朝にと思ったけれど。
たとえば、今朝に戻って、今日の優良台を打って勝つ
なんてことをしても勝ち分はいつか消えるだろう。
そしてまた妄想の世界に逃げ込む。
分かり切った、
予想できる未来。
じゃあ、パチンコにハマる前の時間に戻るのはどうだろう。
パチンコ以外の趣味を持ち、生きていく人生。
いや、別に辞めたいとは思わないな。
楽しいときは楽しいし。
優良台をつかめた時、
演出パターンを把握できた時、
オカルトが決まった時、
楽しいと感じてる。
パチンコは好きだし。
ふむ。
そうか、一度だけ時間を戻せるのならもっと大きい事をすべきだな。
パチンコから切り離して考えてみようか。
確かに、今朝に戻って財布の中身が復活することは嬉しいよ。
それはそう。
でも、
それはそれ。
一度きりの願い事。大事にしていきましょう。
そうだなぁ、20年前に戻って、たまごっちを作って一財産を築くとか
ん、そんなドラマあったな。
70年前に戻って原爆を止めるとか
いや、話が大きすぎるな。
できるわけがないな。
意外と難しいもんだな。この問題。
電車のドアが開く。
一気に現実世界へ戻される。
ドアが開いて少し驚いた僕に、
電車に乗ろうとした男性がぶつかる。
彼は舌打ちをして、そのまま中へ入っていった。
イラっとした。
言い返せないし、自分にも非があると思う。
でも本当に言い返せない理由は、
言い返した後の周りの視線が気になるから。
彼はほぼ満席のシートの前に立つと、
座っている人と人の間にお尻をねじ込むように座った。
すげぇな。尊敬するわマジ。
あぁ、皮肉ではあるけれど、本音でもある。
僕には到底マネできない行為だ。
そこまで我を通したり、自己を主張することが
僕にはできない。
少しうらやましいとさえ思う。
常に周りを気にしている、僕。
僕には通したい我などない。
聞き分けのよい子と言われ続けてきた。
違う、
自分が
ない。
僕という僕がない。
それが僕だ。
ぶつかった男性を見ないように
シートの端に背を預ける。
ドアが閉まりかけた時、
一人の女性が駆け込んできた。
必然、視界に入る。
突然、心が躍る。
その女性は以前僕が交際していた人ーーーー
に、よく似ていた。
一緒に舞い込んだ
乾いた冬の風の香りが、
僕の鼻をくすぐる。
もうすっかり冬だ。
クリスマス。
前の彼女。
五万円。
そうだ。
たしか彼女へのプレゼントも五万円だった。
思い出す。
少し背伸びして買った
ブランドのブレスレット。
初めて二人で行ったとき、
店員に全く相手にされなかったけれど、
彼女がこういうの好きだな、とこぼしたブレスレット。
倹約家でしっかり者の君に
金額で引かれたくなくて、
2万円の値札を自作して、
わざとつけたまま渡したブレスレット。
君は「どこか抜けてるよね」なんて言って
笑ってた。
その少し照れた笑顔。
思い出した。
そして気づいた。
彼女と別れて以来、五万より多く負けることはない。
六万円目を入れる前に帰るようにしている。
無意識のうちに、意識していた
五万円というボーダーライン。
プレゼントの額より多く負けてしまったら
彼女への想いが希薄なものになってしまいそうで
怖かったんだろうか。
電車は動き出す。
駆け込みで乗車した、前の彼女似の女性は
僕から見えるシートの前で吊革につかまっていた。
少し癖っ毛のセミロング
白いマフラー
V3
ぷっ。
自分の気持ちをごまかしたくて、
ボケてみたら面白かった。
女性が触っていた携帯から目を離し、
車内の広告を見上げた時、気づいた。
顔、全然似てない。
全然似てねぇじゃねえか。
なんで、彼女だと思ったんだ。
いつでも探しているのか
どこかに君の姿を
山崎まさよしか。
ワンモアタイム、ワンモアチャンス
ワンモアタイム
もう一度戻れるなら。
あぁ、そうだった。
神様に時間を巻き戻してもらう妄想をしていたんだった。
そんな辛い過去の話なんか置いておいて、
楽しい現実逃避をしよう。
妄想の世界へ戻ると、神様は少し不機嫌に見えた。
ごめん、神様。
おまたせしました。
そんな顔しないで。
仏なら三回までは許してくれるよ。
さて、願い事だ。
いつに戻りたいか
…
……
………。
ダメだ。
今となってはもう、彼女と過ごした時間以外
浮かばなくなっている。
一緒に歩いた街。
一緒に見た景色。
一緒に笑った番組。
一緒に食べたレストラン。
一緒に打ったパチンコ。
そのどれもがすべて輝いて
頭の中にランダムに光っては
消えていく。
彼女といた時は幸せだった。
できる事なら戻りたい。
僕が壊した関係を
もう一度つなぎ合わせたい。
未練がましくて、
女々しくて、
見られたくないほど
醜いけれど。
僕という僕がない僕が、
彼女が好きという僕で居られた
かけがえのない時間。
僕という僕がない僕が
たった一つ叶えたい、自分勝手な願い事。
僕という僕がない僕が
たった一つ望む、自分本位な願い事。
妄想の世界で、僕は神様に向き直る。
神様は少し不機嫌そうな顔をしてはいるけれど、
そこで待っていてくれた。
たとえここで願っても、叶うことはないだろう。
そんなことは分かっている。
これはいわゆる儀式だ。
ここで願い、叶わないことで、
これからは現実と向き合うんだ。
無意識に意識していた彼女と
決別するんだ。
決意を固め、神様に願いを言うため
口を開く。
一瞬、躊躇してしまった。
例えば、彼女はあの時に戻ったとして幸せなんだろうか
あの時幸せだったんだろうか。
考えてしまった。
叶うはずのない願い事なのに。
要らぬ心配と分かっていながら。
車内で、聞きなれた駅名がアナウンスされる。
突然現実に引き戻され、慌てて降りる。
あぁ、言えなかった。
言いそびれてしまった。
電車の方を振り返ると、
そこにいると妄想した神様はこちらを睨んでいた。
ごめんね、神様。
妄想の世界でも、
自分の都合のいい事ばかり起こる世界でも、
僕にはできなかったんだ。
周りや相手を気にしてしまう。
それが
僕という僕がない僕なんだ。
電車に背を向けると、
立ち並ぶマンションの灯りが目に入った。
規則正しく並んだその灯りは
やはり見ていて息が詰まりそうだ。
規律、組織、ルーティン。
外れることが出来ない日常。
無常。
僕もそこにハマりこんでいくのだろう。
今までも、これからも。
僕という僕を失いながら。
もともとそんなものは無いけれど。
自分にもあきれ返って
目線をマンションの灯りから改札の方に移し、
そこで気づく。
僕が降りたのは
自宅から最寄りの駅ではなく、
彼女の家に向かう途中の乗り換え駅だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
前回はたくさんの評価、並びにコメントありがとうございました。
1300もアクセス頂けたみたいで恐縮しております。
物語以外の文章を載せるのは本意ではないのですが、
改めて感謝の意を伝えたく思い、書かせて頂きました。
ちなみに作中で少し出てきた
山崎まさよしさんの「one more time, one more chance」
いい曲ですよね。
好きです。
気になった方は下記のリンクから
ダウンロードできますので、聞いてみてください。
12
おにぎり煎餅さんの
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このコラムへのコメント(14 件)
そうですね、今回は少し重くなるというか、弱い部分を出してしまったので、笑いを足しました。
しかしそうすることによって、彼の自分の心の中でも気を遣っている姿勢が、彼のキャラクターとして仕上がったのかもしれません。
私は最初にこんなキャラクターと決めて文章を書き始めませんので、書いていて自分でも楽しみなところがあるのです。
応援ありがとうございます。
もう少し頑張ってみます。
コメント頂けるのはとてもうれしいので、またコラムあげたらコメントください。
主人公の視点で物語を進めるというのは、とても醜いところも出てくるのですが、そこに美しさや強さが垣間見えるときがあるんです。
私も書きながら人間観察をしている感覚なので、楽しんで書かせてもらっています。
是非次回もお願いいたします。
現実逃避って言わば人間の防御手段なんですよね。
自己防衛。
それができるから人間は生きていける。
でもそれに頼ってばかりではいられない。
だから、人生って大変だけれど、素敵なモノなんだと思うわけです。
文才なんて全くありはしない私ですが、次回も是非お願いいたします。
ほう、映画もあったんですね。
無知な私をお許しください。
そうですね、どんな人にも歴史はあるものです。
それで少し前向きになれるような文章をまた書けたらと思います。
次回もよろしくお願いします。
いえいえ、私も生みの苦しみを感じながら一つ一つ言葉をつなぎ合わせているのみです。
でも、楽しんで読んで頂けたみたいで良かったです。
西尾維新先生は私も好きな作家さんなので、かなり影響は受けていることと思います。
次回も読んでやってください。
なんなんでしょうか?
心に突き刺さりましたでしょうか。
時間、戻したい気持ちというのはだれしもあるはずです。
でもそれが戻らないから、人生というのは面白くもあり、
成長があるのだと、私は信じております。
どうやら不具合でDLできないようなので、TSUTAYAに行ってください。
申し訳ありません。どうやらリンクの貼り方を間違っていたみたいです。
それがこの男性の個性と計算してのことだと思いますが、巧みな構成力を感じます。
今回も面白かったです、応援しています。
コメントせずにはいられなかった(*´▽`*)
前回もそうでしが、性別、境遇を越えて主人公に感情移入しまくりでした!
人間の本質的な所を突くキャラクター展開お見それしますm(__)m
こんなに早くコラム書いて下さったことにも感動!
楽しませて頂きました(≧▽≦)♪
にしても今作も文才に圧倒されてしまいました。
次はどんな切り口で来るか今から楽しみです!