親父と妹の結婚式

タイルまん SENZIN伝

2017年10月某日。

私はビシッとスーツを着こなし、岩手の結婚式場にいた。

私自身が結婚するわけではない。妹の結婚式である。

集合時間の朝9時に結婚式場に着き、親族が集まるロビーで待機。

やけに早い集合時間だ。一応、その日のスケジュールをコーヒーを飲みながら確認すると……結婚式が12時からとなり、披露宴は15時。

9時はあまりにも早くないか？私の正面に座り、慣れない手つきでスマホをいじっている父親に尋ねた。

「女性陣の着付けの時間だろう」

私には全く関係ない待機時間だ。

結婚式場の隣はパチンコ店。

立地はもう少しなんとかならなかったのだろうか？しかし、3時間もあれば2万発も夢ではない。

ふとそんな事を考えはしたが、流石に妹の結婚式前に打つ気にはなれなかった。

式場のスタッフが着付けの準備が出来たのでロビーで待機していた親族の女性陣に声を掛け、私の母親率いるおば様方は式場の奥へと消えていった。

残されたのは私の父親、私の兄。

気まずい。空気が重い。

男3人だけの空間は、下手をすれば11年ぶりになるのではないか？

「昨日打ちに行ったんだけどな？」

父親がボソリと口を開いた。

「2万負けちゃった……」

この父親は、娘の結婚式前日に何をやっているのだ。何を打ったのかと聞くと

「真・花月。最近好きなんだ」

2015年にSANKYOから出た真花月。スペックは3種類あり、特徴としてはグラフィックがとにかく綺麗。父親もそのグラフィックに魅せられた1人であった。

「プレミアは殆ど見たんだけど、あと１つ見てないのがあってな。それを見るまでは！」

2017年10月。２年前に登場した真・花月にここまで情熱を燃やしている人間は、日本広しと言えども我が家の親父様くらいではないだろうか？

「2円パチンコで2万は痛い……」

娘の結婚式前日というのは思い出に涙するものだと思っていたが、この父親はパチンコで涙していた。

父親はなかなかの凝り性である。

お気に入りの台はとことん打つ。とにかく全ての演出を見なければ気が済まない質なのだ。昔からである。

あれは約10年前。父親と兄、そして私の3人で、今は亡き祖父が入院していた病院に見舞いに行った。

その後、親父の車でこれまた今は無きパチンコ店に打ちに行った事があった。

「息抜きも必要だから」

親父はそう言って私達をパチンコ店に連れて行った。

その時は確か兄は初代番長を、父親と私はその店に2台しか置いていない大ヤマト2を打った。

ガイン！ガイン！と、砲台の役モノが動く大ヤマト2は当時の親父のお気に入りだった。

親父はアニメのヤマトが大好きだった。親父の大好きなヤマトと大ヤマトは別物である。

「俺の知っているヤマトじゃないんだよな……。」

そんな事をボソッと呟きながらも、目を輝かせながら打っていた。

因みにだが、私の知る限りの父親の歴代お気に入りパチンコ台は、『俺の空』『吉田拓郎の夏休みがいっぱい』『春夏秋冬』『美空ひばりシリーズ』『ヤマトシリーズ』『初代キン肉マン』『花の慶次シリーズ』『牙狼シリーズ』『仕事人シリーズ』『J-RUSH』『パッションモンスター』などなど。

書き出してみて気がついたが、意外と数が多い。

そしてSANKYOの台が多い。

慶次や仕事人が好きな理由は「襖が閉まる演出が好き」という答えが返ってきたのを今でも覚えている。

余談だが、冬ソナはヨン様の笑顔が鬱陶しいという事でお気に召さなかった。

「真花月の何が良いってグラフィックが綺麗でなぁ。自然の素晴らしさ、四季折々の華やかさがよく分かる！」

都会に住む人間がこの台詞を言っているなら納得する。

一歩外に出れば、海と山という大自然に囲まれて、自然を嫌でも肌で感じる場所で暮らしている人間が、何故パチンコでも四季と戯れようとしているのか？

冬ソナもお気に召していないが、何より嫌悪感を抱いているのは海シリーズ。

何故海を打たないか聞いた。

「あんなものジジババが打つもんだ！なにが楽しくて魚泳いでるの見せられなきゃいけないんだ！楽しさが分からない！あと鮫がいる時点で大体の魚喰われるだろ！タコだってエビとカニ食べるからな！漁業やってるのにわざわざパチンコでも魚なんて見たくない！」

まくしたてられた。真・花月は許せるが海は許せないらしい。

私から見れば、先ほども述べた様に真・花月も同じ様なものである。本末転倒な発言である。あと急にリアルな食物連鎖の話を出されても困る。

そんな事を思い出しているうちに、女性陣の着付けが終了してロビーに戻ってきた。

父親は私に「2万負けたのはお母さんに内緒な？」と、耳打ちしてきた。

当たり前だ。

そもそも打ちに行った事すら内緒にしなければ、私にまでとばっちりが飛んできそうで怖い。

女性陣が戻ってきたと同時に、今度は父親が袴を着る為、スタッフに呼ばれた。

数十分後、袴姿の父親が登場。

スキンヘッドに袴。

いよいよどこかの組長である。

新郎はこんなのに娘さんをくださいなんて言ったのか。尊敬する。

そこからは披露宴まで目まぐるしかった。式やら両家の挨拶やらとバタバタだった。

披露宴の頃には疲弊しきっていた。

私が疲弊している横で、親族控室にあった海苔巻きや唐揚げをバクバク食べる父親がいた。

緊張からくるものなのか？それとも単に空腹なだけなのか？

披露宴が始まったら泣くんじゃないか？そんな事を父親に言うと「泣かないだろ」と、目をグリングリンと泳がせて一言呟いた。

披露宴が始まり、ウエディングドレスの妹が親父と共に会場に入ってきた。

親父の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

新郎の元に親父が妹を連れていき、さぁ戻ろうとしたところで新郎から「これからは僕が守ります。」と、一言。

父親は号泣して席に戻ってきた。

遥か昔。妹がもし結婚相手を連れてきたら「会わない。結婚なんて反対してやる」そんな事を言っていた父親。

それを聞いて母親が「売れ残ったらどうするんだ！」と、一喝して「それも困る。でも嫌だ！」などというやり取りを目にしていた事を思い出した。

実際には、妹の旦那さんにちゃんと会って結婚にも反対しなかった。

だが今日まで葛藤はあったのだろう。

前日にパチンコに行ったり、海苔巻きをバクバク食べたり、何よりいつもより口数が多かったのは緊張や不安からだったのかもしれない。

泣くまいとしていた親父。

その涙は娘を嫁に出す寂しさからなのか、今日まで親父としての責務を立派に果たした安堵からなのか、それとも両方なのか。

男泣きする親父を見て、

（お疲れ様でした）

そう心の中で労った。

後編へ続く。