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パチンコパチスロ小説
2023.10.10
パチスロ青春小説 マーベリック 第27章「漏洩・改ざん・SNS……仕込まれる罠」
【登場人物】
エリート
店のクセを見抜いて状況を瞬時に読み取る、仲間を率いる若き司令塔
キャバ
美貌と強運をあわせ持つ紅一点、破天荒ながら3人をつなげるムードメーカー
ヲタ
驚異的な記憶力と忍耐力を持つ、彼らの稼働と収支を支える執念の獣
【前回までのあらすじ】
助け出されたキャバが目覚めるとそこにはヲタの姿があり、キャバは愛おしさを感じずにはいられなかった。
一方、今回の事件を経て陰謀の首謀者たちが明確になり、浅野・瀬戸口・ビス子・御剣といった大人たちは行動に出ることを決意するのだった。
「お疲れ……久しぶりな気がする」
「顔を合わすのは約1カ月ぶりか」
マーベラス宇都宮店のグランドリニューアルまであと数日。
エリートは新幹線で宇都宮に向かうと、どこにも立ち寄らずヲタが滞在するウィークリーマンションに到着した。
東京の実家に戻って静養しているキャバの姿はなく、マンションの一室に生活感はほとんど感じられない。ヲタだけになると自炊もせず持ち物も少ない質素な暮らしとなるのだろう。
連絡は取り合っていたので再会を深く語り合うほどでもなく、淡々とエリートは荷ほどきを進め、ヲタはスマホを眺めている。
エリートの用意が一段落してノートPCを開くと、ヲタが沈黙を破った。
「……これ、もう見たか?」
スマホの画面をエリートに見せる。
エリートは首を横に振ると、即座にキーを打ち始めてSNSを開いた。
そこには、ビス子のつぶやきとそれに対するリプライが並んでいる。その内容のほとんどが、演者でもあり社長でもあるビス子の言葉に対し、所属している他の演者たちが呼応しているものだった。
ビス子『ねえ、そろそろ福利厚生の一環として社員旅行とかしたいんだけど』
武丸『いいっすね、美味しいもの食べたいなー』
みほたん『ワタシ温泉いきたいです!』
サクビ『俺たちはともかく社長はそんな暇ないんじゃないですか?』
ビス子『次の土曜なら大丈夫かな。わたし美味しい餃子とか食べたい』
武丸『あ』
みほたん『あ』
サクビ『ん? その日は社長、栃木で……あっ』
ビス子『察しなさいよw でもみんな空いてるよね?』
以降もSNS上でのやり取りが続いており、ビス子のタイムラインの冒頭には来店予定が固定で貼られていた。
「まわりくどい……人を集めるのも大変だな」
ヲタが率直な感想を述べる。
「律儀だな。あくまで来店対象は当日まで明かさないという姿勢、それと相手を刺すのに後ろ暗いところを見せないといったところか」
エリートはSNS上の情報をたどりながら説明を続けた。
「日出会館は、今まで抑えてたのに今回のグランドリニューアルには晒し屋使って来店ぶつけてきたからな。たしか三太郎とか言ったか、あの時の3日目にいた奴だ」
「……なるほど……向こうの店はあの人たちに任せてるが」
「それより、ヲタの方も気を付けろ。できればギリギリまで踊らせるのがいいが」
「分かってる……ただ……金髪野郎が出てきたら殴りにいっていいか?」
「いや、それはさすがに」
「冗談だ……そういう思い……ってだけだ」
「お──おう、そうか」
ヲタから飛び出した予想外の返しに思わずたじろぐ。
修羅場をくぐって何かが変わったのだろうか。
エリートはヲタの変化を感じずにはいられなかった。
宇都宮インターチェンジの近くにある24時間営業のファミレス。
人気のない深夜の駐車場に、白のフォルクスワーゲンのポロが入ってくる。
街灯に照らされる窓には水垢の跡が目立ち、車内には目を充血させた神内の顔があった。
駐車スペースの奥に見える黒のワンボックスバン、グラファイトブラックのレクサスの近くに自らの車を停めて降りる。
神内はワンボックスバンの方へ向かったが、レクサスの後部座席の窓が開いて手招きされる。
ドアが開かれ、神内は落ち着きのない様子で車内に乗り込んだ。
「今日は城之内さんの車では?」
「クソガキにクソみたいな粉まかれてクソまみれなんだよ!」
先に後部座席に乗り込んでいた金髪の城之内は、不機嫌そうに答える。
「自業自得だろ。おかげであの店にも行きづらくなった」
運転席からは漆原の声が聞こえる。
「キャバ嬢たちからオーナーに直接クレームが入ったらしい。俺の方でとりなして警察に届けは出てないが、あのヒマリという女やお前の車を消火器の粉まみれにしたガキがタレこんだ場合は知らないからな」
「ちっ、あの2人……今度見かけたら殺すわ。女はぜってーに沈める」
「勝手にしろ、俺は関与しないし何も聞いてないからな。それより神内さん、ネタは?」
「は、はい……事務室に長時間いると副店長にバレるので少しだけですが、明日の高設定の台番号と、指示のあった会員番号のうち貯玉を増やせた分がこれです」
城之内と漆原の間で交わされる剣呑な会話に震えながら、神内は手書きのメモを差し出した。それを奪い取るように城之内が受け取る。
「テメエが謹慎喰らったから朝のデモズレ使えなくなったからな。まあこれで高設定全埋めして貯玉もぶっこ抜いて、あとはそうだな……抜き終わったら閉店前にでも鉄砲玉に消火器まき散らさせるか」
「足は付かないようにしろよ。神内さんも十分貢献してくれたので、そろそろ身を隠してもいいでしょう」
聞こえはいいが少しも自分の心配なんてしてもらってないことにも気付かず、神内は何回も首を縦に振りバックミラー越しに漆原に視線で媚びた。
「明日の遅番から復帰することになっているので、それで上手くいってるのを見届けたら逃げます。行き先はその、いつ教えてくれるのですか……?」
「後で連絡するのでとりあえず東京にでも潜り込んでくれれば」
漆原の気のない返事を横で聞いて城之内は苦笑していたが、神内はそれすらも感じ取ることができずにただ目を泳がせていた。
「本当によろしくお願いします。では、私は準備があるのでこれで」
神内がいたたまれない空気を感じて車内から出ようとすると、漆原が声をかけた。
「先ほども言いましたが、あの店はしばらく使えないので神内さんも控えてください」
「あ、は……はい」
宇都宮を去る最後にキャバクラで遊んで帰りたいという思いを見透かされて、神内は気落ちしてワンボックスバンを降りた。
中古で購入した自分のフォルクスワーゲンに戻ると、ふとイグニッションを押そうとした指が止まる。
「ヒマリ……私の指名していた子だったような……まあ、考えすぎか」
考えることを止めた神内はエンジンをかけ、ファミレスの駐車場から車を出す。
自分がどれだけ愚かで危うい立場なのかも気付かずに。
そして、しばらくして黒のワンボックスバン、最後にグラファイトブラックのレクサスが出ていく。
深夜の駐車場からエンジン音が消え、人気の無い空間に戻り──かけた時、ファミレスの外壁の陰から人影が現れる。
インターチェンジの先に消えていくテールランプを見送ると、スマホを取り出しメッセージらしきものを打つと闇の中へ消えていった。
『グランドリニューアル』。
完全な新規開店がグランドオープンなら、グランドリニューアルは新装開店にあたる。
元をたどればメーカーからの新台リリースのペースが今ほど早くない時代、年に数回レベルの新台の導入が新装開店に相当した。
そして新装開店が顧客への利益還元日であり、今でいうイベント日であることがほとんどっだった。
インターネットの普及が浅い時代では、全国各地に点在するパチンコ店の新装開店情報を完全に把握することは難しく、その情報を独自の専業ネットワークでつかむ“新装プロ”または“開店プロ”と呼ばれる者たちが存在したという。
それに対して、特定のエリアやパチンコ店でしのぐ“ジグマ”、メーカーの開発力やセキュリティ対策の未熟さを突いた“攻略プロ”たちもいた。
現代では機種の仕様ミスやバグを突く“攻略法”の類は、メーカー側の成熟もあってほぼ絶滅しており、攻略プロの姿はない。
似て非なるものでハーネス・光ファイバー・磁石・電子ライターなど物理的に筐体に介入したり、何らかの方法で筐体内の基盤を入れ替えて特定手順を行ったりすることで本来あり得ない挙動を誘発して出玉を得る“ゴト”もあるが、これは完全な犯罪行動である。
攻略プロもパチンコ店や反社組織との駆け引きから免れないグレーな存在ではあったが、情報と立ち回りが生命線である点では現代に近いとも言えるだろう。
もっとも、店のクセを見抜くという点でのジグマ、イベント日を探るという点での開店プロ、これらを振り返ると現代の専業は過去のプロスタイルのハイブリッドと言えるだろう。
ウェブに公開されるイベント日や出玉情報、広告宣伝規制が生み出したメディア媒体・広告代理店・晒し屋によるSNS等での代理マーケティング、そして信頼できる打ち手同士でのクローズドネットワーク。これらを駆使した者たちが専業として現代も生き残っている。
そして高射幸性の機種が制限され1台当たりの出玉率が抑えられる昨今では、ピンと呼ばれる単独で行動する者より、ノリ打ち・グループ打ち・軍団と呼ばれるマンパワーを活かした専業集団がより増えてきた。もっとも、専業自体が業界の斜陽に合わせて減少していることも間違いではないだろうが。
ただし、パチンコ・パチスロが胴元であるホールと打ち手である客との駆け引きであり、客同士の限られた勝ち分の奪い合いであることは今も昔も変わらない。
そんな時代にエリート、ヲタ、キャバの3人はパチスロの高設定狙いという現代の宝探しに情熱を注いでいる。
──が、今日はそれとは違った別の戦いの場だった。
マーベラス宇都宮店、グランドリニューアル初日、朝。
約1か月前のグランドオープンと比較すると、露骨に人が少ない。
あの時のトラブルが事情を知らないライト層にどこまで伝わったかは分からないが、ただならぬ状況だったのは悟られただろう。一般客だけでなく、見て分かる限りの地元の専業の姿も少ない。
おそらく対抗で演者の来店もおおっぴらに告知している日出会館の方が、さぞかしにぎわっているだろう。
そのような状況の中でヲタは朝の抽選を受けると、今となっては金髪の城之内が仕切っていると分かっている打ち子グループの一員として指定の待ち合わせ場所に向かった。
初回の顔合わせの時に見込まれて現場のリーダーをやらないかと誘われたが、キャバの件もありできる限り上層部と顔を合わせないようにするため打ち子のままでいいと伝えてある。
待ち合わせの場所である第2駐車場、奥に停めてある何台かの車の陰に向かうと30人近い打ち子が集められていた。
軽く会釈をして、キャバクラにヲタを連れて行ったあの親の男に入場番号が印刷された券を差し出す。
親の男はヲタの顔を見るとパッと表情を明るくして話しかけてきた。
「よう、待ってたぜ。今日はもう楽勝だから大丈夫だと思うけど、何かあったらこの前みたいにアドバイスしてくれよ」
そう言うと会員カードをヲタに差し出した。
「……これは?」
「うちの貯玉入ってるから。番号は後で伝える。お前は大丈夫だと思うけど、枚数も控えてるからちょろまかしや持ち逃げはやめておけ。そうなったらサツじゃなくて城之内さんがヤバい奴を差し向けてくるから覚悟した方がいい」
「もちろん……楽勝というのは?」
「入店前に全員に指示するけど、もう高設定の入る台は割れてるから。座れればあとはスマホで動画でも見ながら打ってればいい。あぶれた奴はガン張り、店員に注意されたら張り役を代えるだけだから」
「……それは楽だな」
ヲタはうなずいて会員カードを受け取る。
(聞いていた話どおりか。エリートやあのエリアマネージャー、副店長を敵に回さなくて本当に良かった。上流にいる有能な人間が本気で仕掛けてきたら対応は無理だ)
周りを見渡すと、見るからに貧相な出で立ちで金に飢えてそうな中年、都内で見かけたこともある社会生活とは無縁そうな若者、軽い小銭稼ぎのつもりで来てしまったのか落ち着かない様子で右往左往している老人など、バラエティはありつつも打ち子をするだけの理由がありそうな面々ばかりだった。
(こいつらが痛い目に遭わないのを祈るけど、それも自己責任か)
どこか人生の分岐点を間違えばこうなっているであろうことを認識しつつ、ヲタは彼らの身を案じた。
「今日の打ち子は……これだけか?」
予想よりはるかに多い人数だったが、あえて裏返しの聞き方でヲタは尋ねた。
「こっちはな。あとは演者の来店がある日出会館に少し回してるらしい。あっちも簡単だって聞いてるけどな」
「……すごい情報網だな」
「まあな──じゃあ解散、あとはラインで」
親の男が周囲の打ち子にそう告げると、無言で集団は散っていく。
ヲタも目立たぬようにそれに合わせてホールの方へとゆっくりと歩みを進めながらスマホを手にした。
(これで後は実際の動きを見てか)
ヲタからのラインでの連絡にエリートはうなずく。
敷地内ではあるがホールから距離を置いた片隅に独り、エリートは佇んでいた。
こまめにアプリを切り替え、ツイッターのリストを確認する。
その中の一つである“febbrile”を選んでタイムラインをたどると、思わず苦笑が漏れた。
febbrileはビス子が経営している会社の名前だ。
みほたん『ちょっと奥さん聞いてくださいよ、あの〇太郎さん今日は宇都宮のアノ店で来店らしいですよ』
ビス子『あらそれは少し情報が遅くってよ? 三〇郎様の来店は3日前には余裕で〇ツ殿で告知されてましてよ』
サクビ『あれ、今の栃木県ってたしか……』
武丸『しーっ』
みほたん『しーっ』
サクビ『……あっ』
ビス子『そういうこと。どこかで聞いた話だけど、三太〇様が店に来た日はその周りとか同じ機種を打つとイイことがあるらしいよ?』
みほたん『それはいいこと聞きましたわ(棒)』
武丸『あの人、いつも来店の時は勝ってて夕方には追っかけの奴に台譲ってるらしいんだよね』
ビス子『それ以上はよしなさい!』
サクビ『イイこと聞いた! じゃああたしこん──くぁwせdrftgyふじこlp』
武丸『ああ、消されたか』
みほたん『消されたね』
ビス子『あなた達も気を付けなさいよ~あと、社員旅行は明日だから忘れないように』
武丸『はーい』
みほたん『はーい』
サクビ『はーい』
ビス子『何やわれ消されてないんかい!』
(さすがに煽りすぎだが、今回は容赦なくいくつもりか)
エリートはアプリをラインに切り替えて、他の状況を確認していく。
浅野夫妻は予定通り日出会館に行って抽選も終えたらしい。
マーベラス側も例の調整は済んでいると連絡があった。
そして、もう1人からのメッセージを呼んで既読を付ける。
「早番つかんだか──無理はするなよ」
エリートは口に出して武運を祈った。
次回予告
攻撃の手は止まらない。
怒りの炎は、敵の領域も燃やし尽くす。
次回「これがホールの本気の“対策”」。
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- じく
- 代表作:パチスロ青春小説「マーベリック ─ホールの異端児たち─」、遊技林、ゆる調
元ゲームメーカー勤務、現在フリー。前職ではシナリオ・マニュアル・キャッチコピーなどのライターとして過ごし、パチスロを題材とした小説も執筆している。
e-sports系やMリーグ観戦が大好き、たまにTwitchで雀魂やウマ娘やフロムゲーを配信したりもするスロ系でもありゲーム系でもあるオジサンです。
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